第8回 気温と水稲の開花時刻の関係 その1 制御環境下(人工気象室)での実験

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 今回は2007年9月26日に金沢大学で開催された日本作物学会講演会で発表した「気温が水稲の開花時刻に及ぼす影響」について簡単に紹介します.

1.地球温暖化によって2060年代には,平均気温が3〜3.5℃,日本において上昇する可能性が指摘されています.イネは開花期に35℃以上の高温に遭遇すると(右図のクリームの部分),不稔が発生することが知られています.

 松江では現在,8月上旬のもっとも高温な時期でも日中に35度を超すことはまれです.

 しかし,気温が3℃上昇すると,日中に35℃を超す可能性がきわめて高くなります.日本で栽培される品種の開花時刻は松江では正午前後となります.そのため今より3℃以上気温が上昇すると高温不稔の危険性が著しく大きくなると考えられます.

 高温不稔については研究紹介の第1,4,5回を参考にしてください.
2.このような水稲の開花期における高温不稔を回避する方法の一つが早朝開花性を持つ品種を育種することであると考えられています.日本型水稲は松江では正午前後に開花する穎花がほとんどであり,3℃以上平均気温が上昇した場合,ほとんどの穎花が35℃の高温下で咲く危険性があると考えられます.

 一方,日本型水稲よりも早朝に開花するイネがあることが知られています.早朝開花性のイネにはO. glaberrima や密陽23号などが知られています.午前8時から10時は気温が急速に上昇する時間であり,松江では1時間当たり2℃近く気温が上昇します.そのため1,2時間程度早く咲くだけでも高温不稔の危険性が相当に減少することが予想されます.

 しかし,気温が高くなると,日本晴では開花がより遅くなって,午後にずれ込み,一方,早朝開花性を有する密陽23号では高温に遭遇すると,開花時刻がより早くなるという研究報告があります.この点について,日本晴では高温を避けるために気温が低下し始めてから開花し,密陽23号では高温になる前に開花するのではないかと考えられいます.
 気温が高くなると,日本晴では開花が遅くなり,一方,早朝開花性を有する密陽23号では開花がより早くなるという研究報告があります.
 しかし,このような関係がO. glaberrimaなど他の早朝開花性を有する品種でも成り立つのかはよくわかっていません.そこで本研究では早朝開花性が報告されている品種を交えた8品種について,気温と開花時刻の関係を調査しました.

実験の目的

 早朝開花性が報告されているO. glaberrimaから85-354,O. glaberrimaO. sativaの交雑品種からWAB450-1-B-P-HB,O. sativaから IR24,IR72,南京11号,密陽23号,以上,6品種の早朝開花性を有するとされる品種と,比較のために標準的な日本の品種としてコシヒカリと日本晴を供試しました.
(クリック)1/5000aワグナーポットに円形20粒に播種し,分げつは適宜切除し,主稈のみ育てました.

実験方法

温度設定

恒温処理(実験1)
恒温処理は25,29,33,37℃の4段階を設けました(右図).右図の青い線は松江における2006年の8月上旬の1日の気温変化です.25℃はほぼ最低気温,29℃は日平均気温,33℃は最高気温にほぼ近くなります.37℃は将来,温暖化が深刻になったときに起こる可能性のある最高気温とみなされます.ポットは処理開始まで屋外の自然の温度条件下で栽培し,開花数の多い出穂1,2日後の午後6時にポットを人工気象室に搬入することによって,温度処理を開始しました.
 2種類の温度処理を設けました.1つは24時間温度の変化のない恒温処理(実験1),もう一つは松江の真夏の気温の1日の変化にほぼ同じ変温処理(実験2)です.温度処理は自然光型人工気象室で行いました.
変温処理(第2実験)
 変温処理は,松江の盛夏(8月上旬)における一日の気温の変化をもとに,現在の気温の推移とほぼ同等な処理区として,昼の最高気温32℃,夜の最低気温25℃,日平均気温27.5℃の区を対照区とし,それより2.5と5℃ずつ気温を高く設定した処理区,すなわち昼の最高気温34.5℃,夜の最低気温27.5℃,日平均気温30℃の区と昼の最高気温37℃,夜の最低気温30℃,日平均気温32.5℃の区,2つ,合計,3種類の温度処理を行いました.実験1と同じように,ポットは処理開始まで屋外の自然の温度条件下で栽培し,処理は午後6時にポットを人工気象室に搬入することによって開始しました.

開花時刻の測定

 開花時刻の測定は次のようにして行った.穎花に触るなどイネに刺激を与えることによって開花が促進されることがありますので,デジタルカメラの微速度撮影によって,開花を記録し,画像から開花した穎花を数えました.ポットを1分ごとに回転させ,数個の穂を毎分撮影することによって,数分間隔で1つ1つの穂をデジタルカメラによって撮影しました.今回の実験では1つでも穎花の開花が始まった時刻を開花始めの時刻とし,その日に開花した穎花のうち半数が開花し始めた時刻を開花盛期としました.
リンク先で開花時刻の測定方法を説明しています.

結果

1.
 恒温実験ではほとんどの品種において,高温になるにつれて,開花始めの時刻が早くなりました.おおよそ1℃あたり10〜30分ほど開花始めが早くなりました.グラベリマの開花始めは非常に早く,午前7時くらいであり,37℃の高温では午前5時前に開花を始めました.
2.
 恒温実験ではほとんどの品種において,高温になるにつれて,開花盛期も早くなりました.

 おおよそ1℃あたり10〜30分ほど開花盛期が早くなりました.

 日本型水稲であるコシヒカリ,日本晴の開花盛期は33℃以下の気温では12時以降となりました.それに対し,残りの6品種はより早く開花しました.開花の早い順に,グラベリマ,WAB,密陽23号,IR24,IR72,南京11号となりました.

 密陽23号,WABのように温度が高くなると開花が著しく早くなる品種もみられました.
3.
 しかし,変温実験では平均気温が27.5℃から30℃に上昇するとやや開花が遅くなり,一方,さらに32.5℃に上昇すると開花が早くなる品種が多くなりました.開花の早い品種は実験1とほぼ同じく,グラベリマ,WAB,南京11号,IR24,IR72,密陽23号となりました.日本晴とコシヒカリは2時間以上,これらの品種よりも開花始めが遅くなりました.
4.
 開花盛期も開花始めと同じように,変温実験では平均気温が27.5℃から30℃に上昇するとやや開花が遅くなり,一方,さらに32.5℃に上昇すると開花が早くなる品種が多くなりました.開花の早い品種は実験1とほぼ同じく,グラベリマ, IR24,南京11号, IR72,WAB,密陽23号となりました.日本晴とコシヒカリは1時間半以上,これらの品種よりも開花盛期が遅くなりました.このように早朝開花性のある品種と日本晴,コシヒカリの開花盛期の時刻の差は温度が一定の時よりも大きくなりました.
5.
 以上のことから,早朝開花性のある品種では, 1日の温度変化がある方が,温度が一定であるよりも,開花が早くなると考えられました.そこで,実験1と実験2のデータを1つのグラフで表しました.

 変温実験の一番温度の低い処理を除くとコシヒカリと日本晴(□)では平均気温で開花時刻がほぼ決定されるようです.

 しかし,残りの早朝開花性を有する6品種では,1日の温度変化がある場合,やや開花が早くなっている傾向がありました.一日に気温の変化がある条件では,気温が現在より5℃程度上昇したときには早朝開花性のある品種ではより早朝に開花するのに対し,コシヒカリや日本晴では開花時刻が早くならないようです.
6.
 そこで日本の2品種(コシヒカリと日本晴)と早朝開花性のある6品種でどれだけ開花時刻に差があるかを計算しました.右表がその結果をまとめた表です.温度によって開花時刻の差はあまりないことから温度間の値を平均しました.

 実験1では約2時間,早朝開花性のある品種の開花が早くなりました.

 一方,変温条件では156分,開花が早くなりました.したがって,変温条件は,早朝開花性のある品種の開花をさらに30分程度,促進しました.
結論
 以上の結果から,温度が一定の条件では1℃の気温の上昇で約10〜30分程度,早くなりました.

 早朝開花性を有する品種では一定の気温よりも気温の変化がある方が開花時刻が早くなる傾向にありました.一日に気温の変化がある条件では,気温が現在より5℃程度上昇したときには早朝開花性のある品種ではより早朝に開花するのに対し,コシヒカリや日本晴では開花時刻が早くならないことがわかりました.

 コシヒカリや日本晴で高温において開花が遅くなるかどうかは今回の実験でははっきりしませんでした.

 今後は一日の気温の較差が異なる場合についてこのような関係が成り立つかを調査する予定です.
このときの講演要旨(日本作物学会紀事別号のPDF)はこちらです.
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