宍道湖、三瓶ダムでのカビ臭生産微生物

<宍道湖でのカビ臭発生>
宍道湖でカビ臭被害が発生した時に引き起こされる被害を軽減することを最終目的に研究しています。宍道湖水のカビ臭生産株を簡便に識別して計数し、宍道湖でのカビ臭発生を予測、制御する手法の開発を目標に、遺伝学的な観点からカビ臭生産株の生態を研究しています。地域課題の科学的な解決を目指す研究です。
宍道湖から球状のジェオスミン生産Coelosphaerium sp.を単離
2005年に島根県の宍道湖で強いカビ臭が発生し、シジミなどからもカビ臭がする事件がありました。シジミの出荷停止や住民からの苦情につながり、漁業や観光業などに大きな被害をもたらしました。島根県保健環境科学研究所と島根大学の研究者が調査したところ、カビ臭の原因物質はジェオスミン(Geosmin)であること、シアノバクテリアCoelosphaerium sp.がジェオスミン生産者であることがわかりました。それまでジェオスミンを生産するシアノバクテリアは全てフィラメント状の細胞のシアノバクテリアでした。しかし、本研究で我々が単離したCoelosphaerium sp.は球状の細胞のシアノバクテリアです。世界で初めて、ジェオスミンを生産する球状のCoelosphaerium sp.を発見・報告しました。
宍道湖では昔からCoelosphaerium sp.が常在
しかし、Coelosphaerium sp.は1960年代から宍道湖で観察されており、2005年に急に出現したり、増加したシアノバクテリアではありません。そのため、なぜ2005年に急にカビ臭が問題になるほどCoelosphaerium sp.がジェオスミンを生産したのかはわかっていません。何らかの環境条件(水温、日照、塩分濃度など)の変化が関与しているのではないかと考えています。
宍道湖からジェオスミンを生産しないCoelosphaerium sp.を単離
その後の調査で、宍道湖からジェオスミンを生産しないCoelosphaerium sp.も単離されました。ジェオスミン非生産Coelosphaerium sp.はジェオスミン生産Coelosphaerium sp.と顕微鏡観察では区別ができないほど似ていました。このことから、宍道湖には生産株と非生産株が混在しており、2005年に何らかの要因によって生産株が増加したためにカビ臭が問題になるほどジェオスミン濃度が上昇したと考えられます。
ジェオスミン生産株と非生産株の識別は困難
また、16S rRNAと16S-23S ITS領域の塩基配列は完全に一致しました。従って、生産株と非生産株を顕微鏡観察や16S rRNAと16S-23S ITS領域の解析で識別することは困難です。このことは、宍道湖水のCoelosphaerium sp.の細胞数の計測や、16S rRNAと16S-23S ITS領域をターゲットとした環境DNA解析では、生産株の挙動はわからず、カビ臭発生予測が困難であることを意味します。
ジェオスミン生合成遺伝子の解析
ジェオスミン生産株と非生産株の識別に、ジェオスミン生合成遺伝子が利用できるのではないかと考え、Coelosphaerium sp.から生合成遺伝子geoAの同定と解析を行いました。geoAは他のジェオスミン生産シアノバクテリアのgeoAと相同性がありました。さらに推定アミノ酸配列中にはジェオスミン合成反応に必要とされる領域が保存されていました。一方、ジェオスミン非生産株からはgeoAは検出されませんでした。従って、geoAの有無を調査することで、生産株と非生産株を簡便に識別できると考えています。
現在、宍道湖水中のCoelosphaerium sp.を迅速に生産株か非生産株か識別する方法や、宍道湖水のDNA中にgeoAがどれくらいあるかを簡便に測定する方法の開発に取り組んでいます。
山陰中央新報 2019年7月26日朝刊 26面 宍道湖カビ臭発生メカニズム解明 プランクトンに臭い生成遺伝子有無調べ予測も.(筆 佐々木一全)
Hayashi S., Ohtani S., Godo T., Nojiri Y., Saki Y., Esumi T. and Kamiya H. Identification of geosmin biosynthetic gene in geosmin-producing colonial cyanobacteria Coelosphaerium sp. and isolation of geosmin non-producing Coelosphaerium sp. from brackish Lake Shinji in Japan. Harmful Algae, 84: 19-26
Godo T., Saki Y., Nojiri Y., Tsujitani M., Sugahara S., Hayashi S., Kamiya H., Ohtani S. and Seike, Y.: Geosmin-producing species of Coelosphaerium (Synechococcales, cyanobacteria) in lake Shinji, Japan. Scientific Reports 7: 41928, 2017.2
<三瓶ダムでのカビ臭発生>
飲料水の供給源である三瓶ダムで毎年起こるカビ臭によって引き起こされる損害(カビ臭除去費用による浄水コストの増加)を軽減することを最終目的に研究しています。2つのカビ臭原因化合物(ジェオスミンと2-メチルイソボルネオール)について、2つのカビ臭生産微生物グループ(シアノバクテリアと放線菌)の両面から調査しています。地域課題の科学的な解決を目指す研究です。
三瓶ダムでもカビ臭
三瓶ダムでは毎年6月頃と9月頃にカビ臭が発生し、カビ臭除去費用によって浄水コストが上昇することが問題になっています。我々が調査したところ、カビ臭原因化合物がジェオスミンの時期と、2-メチルイソボルネオール(2-Methylisoborneol, 2-MIB)の時期があることがわかりました。
2つのカビ臭生産微生物
また、水深の浅いところではシアノバクテリアが、底の部分では放線菌がカビ臭を生産していると推定しています。主にカビ臭を生産するシアノバクテリアの単離や形態学的同定を大谷教授、増木特任助教が、シアノバクテリアの遺伝学的同定と放線菌の単離および同定を林が行っています。分離したシアノバクテリア、放線菌のジェオスミンおよび2-メチルイソボルネオールの生産能も調査しています。
<共同研究者>
大谷修司教授 島根大学教育学部
清家泰特任教授、矢島啓教授、増木新吾特任助教 島根大学エスチュアリー研究センター
管原庄吾講師 島根大学大学院総合理工学研究科
山口啓子教授 島根大学生物資源科学部