私は学部から博士修了まで6年間,横田先生の研究室でお世話になりました.ディジタル光学・計測研究室で博士課程を修了した立場から,大学院での生活や研究室で得た学びを紹介し,後輩の皆さんにアドバイスをお伝えしたいと思います.こんなキャリア選択もあるんだと,進路を考える際の一つの参考にして頂ければ幸いです.大学院での学びが多く充実していたこともあり,かなりの長文になっていますが,ご容赦ください.
【大学院での生活を通して学んだこと】
大学院では,第一に研究に取り組むことになりますが,実際に学生が担う役割は幅広いものです.情報収集(背景調査や実現可能性の検討を含む),実験・解析・数値計算,学会発表,論文執筆など,さまざまな活動に取り組むことになります.私は,こうした経験を通じて,沢山のスキルを身につけることができたと感じています.例えば,情報収集の文脈で言うと,必要な情報に素早くたどり着く検索力や,得られた情報を鵜呑みにせず,批判的に見ながら精査し,体系的に整理する力が養われました.ただし,正しい情報を取りに行く力は,昨今の情報が溢れる時代において難しくなっていて,私も完璧にこなせているか怪しい点は注意しておきます.学会発表や論文執筆の面では,研究成果をどのように伝えるかというストーリー構成力や,最終的なアウトプットを意識して日々の研究を進める姿勢も身についたと思います.
とはいう私も,6年間で沢山の失敗を経験し,先生から評価を受け,時には厳しくご指導いただきながら,これらの力を少しずつ身に着けていけていきました.人は「評価される立場」に置かれてこそ成長できると思っています.ただし,それは同時に苦しいことでもあります.だからこそ,うまくいかない経験や厳しい指摘も含めて,自分を成長させるための大切な機会だったと今は感じています.
更に,これらの多くの仕事をこなしていくには,セルフマネジメントの能力が欠かせません.大学院でどのような経験をしたいのか,その中でどのような力を身につけたいのかを,自分なりに大まかでもよいので考え,その実現に向けて計画し,実行していくことが大切だと思います.大学院生活では,同級生が社会で活躍し,収入を得て経済面での余裕が生まれ,結婚や出産などのプライベートを充実させていく姿を目にすることもあります.そうした現実の中で,焦りや迷いを感じることがあります(実際私もそうでした).だからこそ,そうした誘惑や葛藤,不安に対して自分をしっかりと保つため,自分はなぜこの道を選び,何を得たいのかという信念を持つことが大切だと思います.
また,研究室は「小さな会社」であるという見方に立つと,組織内での意思決定の仕方,身のこなし方がわかってきます.報告・連絡・相談は重要なのはご存じかと思いますが,実際には「誰に」「どのタイミングで」「何を」「どのように伝えるか」まで気を遣う必要があります.私は,横田先生やクマール先生と仕事を進めることを通じて,組織内でのコミュニケーションや,筋の通し方を学びました.これは直接研究成果に結びつくものではないかもしれませんが,研究を円滑に進めるための環境づくりという意味では,非常に重要な力だと思いますし,今後会社に入ってからも役に立つ技術だと思っています.
そのうえで,私が経験したことから皆さんに提案したいことは,特に若いうちは,あえて打算的にならずフットワークは軽くあるべきということです.研究室での生活を数年続けると,仕事の進め方や組織内でのコミュニケーションの取り方が分かってきて,少しずつ余裕が生まれてくると思います.その結果,自分で仕事を選んだり,付き合う人を厳選したりと,次第に保守的な選択をしやすくなるかもしれません.しかし,そういう時こそ,あえて打算的になりすぎず,依頼や仕事,人との関わりを柔軟に受け入れる姿勢が大切だと思います.打算的な選択は効率的である一方で,想定内の出来事しか生まれにくく,新しい出会いや仕事,能力開発の機会を逃してしまうこともあるように感じます.
実際,私自身も博士1年のときに,インドから赴任されたクマール先生の生活面でのサポートや大学内での事務手続きなど,お願いされることを全面的に受けるようにしました.携帯電話の契約,家具や車の購入の手伝い,さらにはお子さんの三者面談に翻訳者として同席するなど,研究とは直接関係のないことも含めて幅広く関わりました.その中で,クマール先生と意思疎通を重ね,信頼関係を築くことができ,更に多くのコミュニケーションの機会をいただきました.クマール先生とのコミュニケーションは全て英語です.会話の中で自然に英単語を学び,インドの文化に触れることもできました.その結果,修士2年まで苦手意識のあった英会話への心理的なハードルが下がり,語彙も増え,最終的には国際会議での質疑応答や博士課程の審査の一部を英語で行えるまでになりました.
さらに,クマール先生へのサポートを通じて信頼関係を築くことができたことで,先生のご家族やご親戚の方々もご紹介いただき,インドへの帰省に同行し,約9日間の旅行をさせていただくという貴重な機会までいただきました.このような経験は,私にとって単なる思い出にとどまらず,国際的な価値観を大きく広げ,英語力を伸ばすうえでも非常に大きな意味を持つものでした.このような機会を与えてくださった先生には,本当に感謝しています.今後,社会に出てからも英語が必要になる場面はあると思うので,これからも学び続けていきたいと考えています.
振り返ってみると,修士1年で初めて参加した国際会議では,英語がまったく話せず,他大学の先生にお叱りを受けたことがありました.その頃の自分を思うと,そこからここまで成長できたことは,大きな自信になっています.そしてこの経験は,目の前の研究だけに閉じず,人との関わりや新しい役割を前向きに引き受けることが,自分の成長につながることを教えてくれました.
【研究の進め方について】
学部4年から周波数変調型ディジタルホログラフィ(FMCW-DH)のテーマを続け,博士論文までまとめました.その意味では,FMCW-DHという小さな研究領域ではありますが,このテーマについて深く考え続けてきたという自負があります.ここでは,横田先生から教えていただいたことと,私自身の経験をもとに,「研究の進め方」についてお伝えしたいと思います.
先ずは,大前提として基礎知識は非常に重要です.特に光学分野は,何百年にわたり理論が体系化されてきた分野であるので,数学や物理の基礎が十分でないと教科書を読んでも理解が難しい場面が多くあります.とはいえ,私も教科書を完璧に理解できているかと言われればそうではありませんが,,,研究を進めるうえで基礎を固めることの重要さは強く感じてきました.
ある問題や現象に出会ったとき,その問題の原因を解析し,理論を立て,実験やシミュレーションで検証していくことになりますが,多くの場合,実際の問題は複雑な条件が絡み合って起きています.このような状態では,正解に近い答えを導くことは難しいです.そこで大切なのは,最も簡単な問題にスケールダウンさせ,そこから徐々に複雑な問題に発展させていくことです.実体験なのですが,私自身も当初はFMCW-DHの複雑なシミュレーションを最初から構築しようとしており,問題&エラーが多すぎて中々進捗しなかったことがありました.そんな時,先生からご指摘いただき,最も簡単なモデル(技術的な用語になりますが,1対1の平面波干渉モデル)から作成し,徐々に複雑にしていくことで理論的に堅牢なシミュレーションを構築することができました.今でもこの考え方は新しい仕事を始める上で役に立っています.
次に,検証においては,変えていい条件は1つだけ,という考え方が重要です.2つ以上のパラメータを同時に変えてしまうと,入力Aの結果なのか,入力Bの結果なのかがわからなくなってしまいます.研究を進める上で,丁寧な論の積み重ねが大事です.特に実験においては,環境的な揺らぎの影響を完全に排除することは難しいと思いますが,可能な限り,1つの条件変更に対するレスポンスを確認できるような実験環境をつくることに注意を払う必要があると思います.
そして最後に,自分が立てた仮説と検証結果をつなぐ科学的に正しい論が必要です.そのためには,先人の知見や,既に確立された理論を正しく踏まえる必要があります.これを正しく行うには,やはり基礎的な知識が必要で,ここに経験値の差が出てくると思っています.
こうした流れを繰り返し実践していくと,次第に研究の進め方に慣れ,細かな理論を一つ一つ追わなくても,問題解決に向けた妥当な仮説を素早く立てたり,検証の方向性を見極めたりできるようになっていきます.これが,いわば暗黙知の構築プロセスなのかなと勝手に思っています.
ここまでをまとめますが,研究の進め方は,基礎知識をしっかりと固める.簡単な問題から始めて徐々に複雑にする.検証では変えていい条件は1つだけ.科学的に正しい論を展開する.このルールを徹底し,そして,問題解決の糸口や新しいアイデアを探す努力(論文を読む,学会に参加する等)を怠らなければ,研究は自然と正しい方向に進んでいくと信じています.これは研究室での活動を通じて,横田先生から学んだ重要な考え方の一つであり,会社に入り将来どんな仕事をしても通用する考え方であると思っています.
【博士の就職活動について】
博士課程の就職活動は,「厳しい」「難しい」と言われることがあります.しかし,私自身は必ずしもそうではないと感じています.実際,私は1社の選考に進み,そのまま内定をいただくことができました.しかも,博士で行ってきたディジタルホログラフィとは直接関係がない半導体業界にです.工学系に限った話ではありますが,少なくとも私の周囲でも,博士課程であることを理由に就職に苦労したという話は聞いていません.
もちろん,就職活動に向けた準備は重要です.博士課程の学生に求められるのは,自分の研究内容を専門外の方にもわかりやすく伝える力に加え,自身の持つスキルを企業でどのように活かせるかを具体的に示すことだと思います.ここでいうスキルには,専門知識に関連するハードスキルだけでなく,マネジメント力やプレゼンテーション力,課題解決力といったソフトスキルも含まれます.研究室での経験や学びを棚卸し,スキル・強みを整理して,自分の言葉で伝えられれば,大丈夫だと思います.あと一番大事なのは,面接の場では感謝の気持ちで溢れていることです.大学院で学ぶ場を与えてくれた親や先生,面接の場を与えてくれた会社の社員の方に感謝をもって望めれば,横柄な態度にならず謙虚な姿勢で選考を進めることができると思います.
博士課程の3年間は,決してブランクやモラトリアムの期間ではありません.自分の能力をじっくりと高め,新しいネットワークをつくり,他の人とは異なる経験を積むことができる貴重な時間です.その意味で,博士課程はユニークな人材になれる期間だと思います.もし,「就職が不安だから」という理由で博士課程への進学を迷っている方がいれば,少し見方を変えてみても良いかもしれません.博士課程で培う経験や学びは,将来の進路を考えるうえでも十分に価値のあるものだと思います.
【経済面について】
博士課程への進学を考えるうえで,経済面に不安を感じる方は多いと思います.しかし,実際には博士課程の学生を支援する制度は多くあります.例えば,島根大学のS-SPRING,日本学術振興会の特別研究員(DC1・DC2),RA経費などがその一例です.制度の内容にもよりますが,月に15~20万円程度の給与を研究奨励金として頂けます.また,多くの場合,授業料についても,全額または半額免除となる可能性があり,特に,親の扶養から外れて独立生計となる場合には,その対象となることが多いように思います.
もちろん,就職して企業から得られる給与と比べると,金額としては少なく感じるかもしれません.ただ,大学院で得られる学びや経験,その後のキャリアの広がりまで含めて考えると,進学の価値を単純に金銭面だけで判断することは難しいと思います.最終的には,どのようなキャリアを描きたいかという個人の選択による部分が大きいのではないでしょうか.
ここで,私自身が利用したS-SPRINGについて紹介したいと思います.私は島根大学のS-SPRINGに採択され,博士課程の期間中,月15万円の研究奨励金に加え,年間40~70万円程度の研究費をいただきながら研究に取り組むことができました.この経済的支援は,生活面で大きな助けになったのはもちろんですが,それ以上に,研究活動の幅を広げてくれたことが非常に大きかったと感じています.例えば,海外渡航費の補助として50万円を支援していただき,国際会議参加のためにドイツへ,共同研究先の訪問のためにフィンランドへ出張することができました.また,S-SPRINGでは経済的支援だけでなく,ネットワーキングの機会も充実しています.外部メンターとして,他大学の先生方と意見交換を行う機会が設けられており,自分の研究やキャリアについて多角的な視点を得ることができます.さらに,年2回の合宿では,島根大学のS-SPRING採択者同士で研修や交流を行い,他分野・多国籍の学生と知り合うことができます.こうした人的なつながりや視野の広がりも,S-SPRINGの大きな魅力だと感じています.
博士課程への進学を考えている方にとって,経済面の不安は大きな要素の一つだと思います.しかし,実際にはそれを支えてくれる制度があり,さらにその制度を通じて研究環境や人とのつながりも大きく広がります.もし博士課程への進学を考えているのであれば,こうした支援制度にはぜひ積極的に申請してみることをお勧めします.
【苦しい時に】
持論ですが,重要な仕事・タイミングにおいて,苦しいとき,逃げるのはよくないと思っています.もちろん,身心を壊すまで無理をするべきではない,ということは大前提です.ほふく前進のように,ゆっくりでも良いので昨日よりも先に仕事を進めることが大切です.苦しい時に逃げてしまうと逃げ癖がついてしまい,過去のことや問題の原因にばかり目が行き,言い訳が増え,実際の問題解決からは遠のいてしまいます.苦しくても前に進めていれば,その苦しさは一過性なので,時間が来ればその仕事はこなせているはずです.
横田先生から頂いた言葉の中で好きな言葉があります,「夜明け前が一番暗い」です.苦しさの後は明るい朝が来ます.大丈夫です.
【最後に】
人生の師である横田先生に出会い,国際的な繋がりや新しい価値観を与えてくださったクマール先生とも今後もお付き合いができる.様々な業態・業種の会社で活躍されているOB・OGや後輩とお話ができ,良い刺激をもらえる.研究室で過ごした6年間を振り返ると,このような素敵な方々と出会い,同じ時間を共有できたことこそ,私にとって何よりの財産だったと感じています.そして,このように多くの学びを得られる場を与えてくださった横田先生には,心から感謝しています.
ここまで説法のような文章を読んでくださり,ありがとうございました.この文章は,後輩の皆さんに向けて書いたものであると同時に,自分自身に向けて書いたものでもあります.私もこれからまだまだ成長していきたいと思っています.