島根大学 材料エネルギー学部
榎木・唐 研究室

研究概要

領域を横断するマテリアルサイエンス:計算と実験・ミクロとマクロの融合

 材料の性質や性能は、目に見えない原子レベルの微細な構造(ミクロ)から、私たちが実際に手に取る大きさの構造(マクロ)まで、さまざまな大きさの段階を経て決まります。これまでは、原子レベルの分析は主に計算や理論で行い、マクロな性質は実際の試作品を使った実験で調べることが多く、それぞれ別々に研究されてきました。しかし、より高性能な材料を効率よく開発するには、こうした大きさの違いや研究手法の違いを超えて、計算と実験を組み合わせて全体を一つの流れとしてとらえることが重要です。私たちの研究室では、第一原理計算や機械学習を使って原子レベルの構造や性質を調べ、それを基に状態図計算などで、より大きなスケールで材料の安定性や変化を予測します。さらに、実際に試料を作り、高精度の実験で計算結果を確かめながら、計算と実験の結果を互いに活かして材料の設計を進めていきます。このように、原子からマクロな特性まで、幅広いスケールと手法を横断しながら研究することで、材料の性能をより正確に理解し、新しい材料の開発を加速していきます。
 構造材料、磁石材料、生体材料、電池、半導体、アモルファス、触媒など、多様な材料を対象とした連携研究も展開しており、幅広い材料分野に触れられることや、他の研究グループとの協働を通じて得られる視野の広がりは、私たちの研究分野の大きな魅力の一つです。

 以下に、現在私たちの研究室で取り組んでいる代表的な研究内容を紹介します。


1. 材料を強化するナノクラスターの学理構築と設計

Theory and Design of Nanoclusters for Enhancing Material Strength

図1: Fe中に生成するTiNクラスターの研究例
 材料内部には、数ナノメートルの極めて小さな原子の集合体、いわゆる「ナノクラスター」が形成されます。これらのナノクラスターは、材料の機械的強度や電気的・磁気的特性に大きな影響を与える重要な微細構造です。特に析出強化合金や高温耐性材料では、ナノクラスターの形成や成長の制御が性能向上の鍵となります。しかしナノクラスターは非常に微細なため、実験で直接観察したり性質を解析したりするのは容易ではありません。 そこで本研究室では、第一原理計算やクラスター展開法、モンテカルロ法を用いて、ナノクラスターの形成エネルギーや配列傾向を理論的に解析しています(図1)。同時に、高分解能電子顕微鏡やX線吸収分光などの実験手法で構造を確認し、計算と実験を相互に補完しながら理解を深めています。こうした研究により、ナノクラスターが材料特性に与える影響を明らかにし、新たな微細構造制御技術の開発を目指しています。


2. 巨大歪み加工による組織の超微細化

Ultrafine Microstructure Formation by Severe Plastic Deformation

図2:
構造材料や機能材料を問わず、先端的な材料はミクロスケールやナノスケールで組織が精密に制御されています。 私たちはまず、従来の限界を超えるような巨大ひずみを材料に加えることで、組織を制御する研究に取り組んでいます。このテーマは世界的にも注目されており、巨大ひずみを付与することで、材料内部には高密度の格子欠陥が導入され、同時に組織が微細化されます。これにより、サブミクロンからナノスケールに至るまで、組織の高度な制御が可能となります。 巨大ひずみにより結晶粒が超微細化されると、材料の強度や延性が大きく向上し、超塑性特性が新たに発現したり、既存の超塑性特性が大きく改善されたりします。また、結晶粒の微細化は合金中の原子拡散挙動や時効析出挙動にも大きな影響を与えます。 このように、巨大ひずみを付与することで、従来の材料では得られなかった新しい特性や機能の発現が期待されます。巨大ひずみを加えるための新たな加工手法の開発や、そうした加工を施した材料の特性評価は、まさに未踏の研究領域です。


3. 準安定相を含む理論状態図の構築と応用

Development and Utilization of Theoretical Phase Diagrams Incorporating Metastable Phases

図3: Fe-Mo-B 系の理論状態図と実験状態図との比較
 材料の設計や開発においては、成分組成や温度などの条件に応じて、どのような結晶相や構造が安定に存在するかを示す「状態図」は、材料設計において重要な指標です。状態図を用いることで、材料の相変態や安定性を予測し、効率的な材料設計が可能となります。しかし、従来の実験だけに頼る方法では、多くの時間を要するという課題があります。本研究室では、第一原理計算や統計熱力学的手法を駆使し、実験では観測が難しい準安定相も含めた高精度の理論的状態図を作成しています。このアプローチにより、材料開発のスピードアップと新規材料の探索を支援しています。さらに、産業界の研究者と連携し、これらの技術を活用しながら実用的な材料開発も推進しています。


4. 微細組織設計による強度・延性の両立

Microstructural Design for Simultaneous Improvement of Toughness and Ductility

図4: 高強度・高延性合金と原子レベルナノ組織の解析
私たちの身の回りには、車や飛行機、建物、スマートフォンなど、さまざまな製品があります。これらの製品を「形づくり」「支える」ためには、金属などの構造用材料が欠かせません。構造用材料には、外から力が加わっても壊れにくい「強度」と、衝撃などに対してしなやかに変形できる「強度・延性」の両方が求められます。しかし、この2つの性質はトレードオフの関係にあり、私たちの研究では、この難題に挑むために、金属材料の中に存在する「ナノ〜ミクロンサイズの微細構造(組織)」に注目しています。 今後の研究目標は、アルミニウム合金やマグネシウム合金など、軽量でリサイクル性にも優れた金属材料を対象に、ナノ・ミクロレベルで構造を最適化し、「強さと延性」の両立を実現することです。そのために、最先端の電子顕微鏡観察や計算材料科学、シミュレーションなどの技術を組み合わせて、原子スケールから実際の部品スケールまで幅広く材料の性質を解析しています。


5. 次世代高性能磁石材料の設計

Establishment of materials design base using metastable states

図5: Fe–Co–X 合金の磁気特性の等高線図
 モーターや発電機、情報記録装置などに使われる高性能な永久磁石は、私たちの生活を支える多くの技術に不可欠です。とくに電動車や再生可能エネルギーの普及にともない、エネルギー変換効率を高めるための高性能磁石への需要が急速に高まっています。一方で、これらの磁石には希少なレアアース元素が使われており、資源の偏在や価格変動への対応が課題となっています。本研究室では、第一原理計算を用いて、磁気異方性エネルギーや飽和磁化、キュリー温度といった磁気特性を理論的に予測し、結晶構造や原子配列と物性の関係を明らかにしています。また、構造の安定性を状態図計算などで評価し、磁気特性と両立する安定な相組成の探索も行っています。さらに、ナノスケールのミクロ組織が磁気性能に与える影響も調べ、微細組織と磁石特性をつなぐ設計指針を構築しています。


6. 機械学習を活用した材料設計と計算の高速化・大規模化

Materials Design Using Machine Learning and Acceleration & Scaling of Computations
 第一原理計算は材料の性質を高精度に予測できますが、計算量が膨大で大規模な系や長時間の現象を扱うのは難しいです。そこで、計算データを機械学習に学習させて、新たな材料の物性を効率的に予測する方法が注目されています。 本研究室では、ガウス過程回帰やベイズ最適化などの機械学習手法を使い、限られた計算や実験データから最大限の情報を引き出して材料設計の効率化を図っています。さらに、Neural Network Potential(NNP)などの機械学習ポテンシャルを開発し、第一原理計算に近い精度を保ちながら、10万原子規模の大規模なシミュレーションや長時間の動的挙動解析を可能にしています。これにより、従来の計算手法では難しかったスケールでの材料挙動の解明や設計を推進しています。

図6: ガウス過程回帰による Bi-Sn-In の融点予測 (学生実験II)

7. 金属液体・アモルファスの熱力学物性に関する研究

Establishment of materials design base using metastable states

図7: NNP-MDを用いた金属液体における二体分布関数
 金属の液体状態やアモルファス(非晶質)状態は、材料の製造過程や特性に大きく関わる重要な相です。これらの状態は結晶構造を持たないため、その熱力学的性質や構造特性を理解することは非常に難しい課題です。本研究室では、第一原理計算や分子動力学シミュレーションを用いて、金属液体やアモルファス状態の自由エネルギー、構造安定性、相変態挙動などの熱力学物性を理論的に評価しています。また、実験的には高速冷却法やX線回折、散乱実験を通じて非晶質状態の構造を解析し、計算との比較検証を行っています。これらの研究により、金属液体・アモルファスの基本的な物理化学的特性を解明し、新素材の開発や製造プロセスの最適化に貢献しています。


8. 産学官連携プロジェクト

上記の研究テーマに絡めて下記の共同研究・研究課題を遂行中です (2025 年度)。


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