第11回 気温と水稲の開花時刻の関係 その3 開花前の気温と日射量が水稲の開花時刻に及ぼす影響

トップ アイコン
トップページヘもどる

 今回は2008年9月24〜25日に神戸大学で開催された日本作物学会講演会で発表した「開花前の気温と日射量が水稲の開花時刻に及ぼす影響」について簡単に紹介します.

実験の目的

実験方法

結果

実験の背景

このときの講演要旨(日本作物学会紀事別号のPDF)はこちらです.
制御環境下での気温と水稲の開花時刻の関係

 研究紹介 絵日記風で何回か紹介しましが,イネの開花の時に高温に遭遇すると花粉の発達が阻害され,葯が割れなくなるために柱頭に着く花粉数が激減し,不受精になって,実が実らなくなる可能性があります.イネの場合,開花直前から開花時にもっとも高温に敏感であるので,開花を気温に低い早朝に移動させるだけで,高温障害を回避できる可能性が示されています.詳細な説明は過去の研究紹介(以下のリンク)をご覧ください.

 しかし,イネの開花の研究はほとんど人工気象室内であるいはポット栽培のイネで行われています.しかし,実際の圃場では気温,湿度,日射量,風速など多くの条件が関与し,開花時刻はそれらの影響が複合して決定すると考えられます.ここでは圃場条件下で,開花時刻に及ぼす気象の影響を明らかにするために数品種の水稲の開花時刻と気温,日射量,天気との関係を調査しました.風も開花時刻に強く影響しますが,台風などの場合を除くと夏季の風はあまり強くありませんので,今回の実験では気温と日射量の2つに焦点を絞り,この2つが開花時刻に及ぼす影響を中心に解析しました.
供試品種:早朝開花性が報告されているO. glaberrimaO. sativaの交雑品種であるWAB450-1-B-P-HB(WAB),O. sativaからインド型品種のIR72,日本型品種のハナエチゼンフジヒカリ朝日神力を供試しました.WABとIR72は午前10時頃に開花する.一方,供試した4つの日本型品種は正午前後に開花する品種です.

栽培方法:各品種,複数の移植日を設けて,できるだけ幅広い気象の下で出穂・開花するようにしました.

気象データ:気温と日射量は島根大学生物資源科学部Web気象台のデータを利用し,天気は松江のアメダスデータを使いました.

研究設備が貧弱な地方大学でもやればできる・・・という生物資源科学部Web気象台へのリンク(これのおかげで気象観測はだいぶ楽させていただいています.ちなみに足立先生の労作ですが・・・)

島根大学生物資源科学部Web気象台
開花時刻:開花は穂に接触することによって始まることがありますので,10分間隔で穂をデジタルカメラによって撮影し,その日に開花した穎花のうち半数が開花し始めた開花盛期の時刻を調べました.
フジヒカリの開花の様子のムービー(複数のjpegファイルをアニメーションGIFに加工したものです)
ファイルサイズが26MBととても大きいですので,ダウンロードするときは注意してください.
1.開花時刻にはいつの気温がもっとも強く影響するか?
 右の図は開花前日から当日朝における特定の3時間の平均気温と開花時刻との間の相関係数を時間の推移を横軸にとって示したものです.例えば,横軸で0のところは午前0時〜3時までの平均気温と開花時刻の相関係数を示しています.負の相関係数は気温が高くなるほど開花が早まる傾向が強いことを示します.
 したがって,WABとIR72は午前0時あるいは4時を起点とする3時間において,深夜から早朝の気温が高くなると,開花時刻が早くなるのに対し(相関係数-0.8前後),ハナエチゼン,フジヒカリ,朝日,神力の開花時刻には夜温や早朝の気温の影響はほとんどなく,開花直前の気温の影響を多少受ける程度でした.

要点:早朝開花性を有するIR72とWABでは深夜から早朝の気温が高くなると,開花時刻が早くなりました.しかし,日本のイネ4品種は開花時刻に及ぼす気温の影響はあまりみられませんでした.
2.開花時刻にはいつの日射量がもっとも強く影響するか?
 右の図は開花前日から当日朝における特定の3時間の全天日射量と開花時刻との間の相関係数を時間の推移を横軸にとって示したものです.気温の場合とは対照的に,開花前の全天日射量はWABとIR72にはほとんど影響が認められませんでした.一方,ハナエチゼン,フジヒカリ,朝日,神力では午前6時〜9時の3時間の全天日射量が開花を早める傾向にありました.

要点:日本のイネ4品種は早朝の日射量が高いと開花が早まる傾向にありましが.しかし,早朝開花性を有するIR72とWABの開花時刻は日射量の影響を受けませんでした.
3.気温と日射量が開花時刻に及ぼす影響を重回帰分析しました
 開花時刻は降雨によって遅くなることも知られています.降雨は気温も全天日射量も低下させることが多く,さらに気温と全天日射量の間には正の相関が見られます(今回の実験における午前6から9時の場合,r=0.427)ので,開花前の特定の3時間における平均気温と全天日射量を説明変数として,開花盛期の時刻を重回帰分析しました(右の表).その結果,開花時刻に対して,IR72では気温の影響が大きく,日射量はほとんど関与しないのに対し,ハナエチゼンやフジヒカリなどでは日射量の影響の方が気温よりも大きいことが示されました.しかし,ハナエチゼンなどの場合,重回帰式の決定係数があまり大きくないので,気温,日射量の2つでは開花時刻の説明に不十分であるとも考えられます.

要点:IR72では開花時刻はほとんど早朝の気温によって決まるようです.日本のイネ4品種では日射量の影響が大きいですが,その他の要因も開花時刻に影響を及ぼしているようです.

結論:
コシヒカリの開花には早朝の日射量の影響が認められている(中川・長田 2007)ことから,今回供試した日本型品種の開花時刻も早朝の光条件の影響がむしろ大きかったと考えらます.

イネの開花時刻に影響を与える稲体要因と環境要因(中川・長田2007)

 すなわち降雨によって日射量が低下したことによって,開花が遅くなったのであり,降雨およびそれにともなう気温の低下は直接には開花を遅らせたのではないかもしれません.しかしながら気温,日射量の2つでは開花時刻を十分に重回帰式は説明しなかったので,前日の気象,湿度,風などの気象要因を検討する必要があるかもしれません.一方,IR72とWABでは日の出前の気温の影響が大きいことから夜間の気温そのものが直接,開花時刻に影響した可能性が高いと考えられます.降雨の影響は今回の実験では直接的にはわかりませんでした.