第4回 糖料作物
A.砂糖をとる作物(糖料作物)
1.糖料作物のいろいろ
ショ糖(スクロース)
( グルコース )と( フルクトース )が1分子ずつ化合したものがショ糖(スクロース)です.
ショ糖を含んだ蜜を利用する作物
サトウカエデ カナダやアメリカ東海岸 ホットケーキシロップに重用
その他の甘味料を取り出す作物
アマハステビア 低カロリーのステビオサイドを含む
砂糖(ショ糖)を精製して取り出す作物としては,サトウキビ,テンサイ,サトウヤシがあります.
人間がもっとも好ましいと思う甘味を与えるのがショ糖,すなわち砂糖です.その結果,砂糖を知ってしまうと麻薬のような中毒に近いともいえるくらい人間は砂糖なしでいられなくなるようです.砂糖自体は栄養としてはカロリーですから,別にほかにデンプンでもなんでもいいわけですが・・・
では砂糖の甘味がなぜそれほど魅力的なのでしょうか?
2.甘みの歴史(日本)
水飴,甘柿,蜂蜜(古代に朝鮮から伝わる),果物などから日本人は古来,甘味を得てきました.
戦国時代に砂糖と砂糖を使った菓子(南蛮菓子)がヨーロッパから伝わりました.その結果,日本人は砂糖の味にとりつかれます(といっても身分の高い人とか豊かな商人などでしょうが)
日本では砂糖がとれないので,砂糖需要の増大は輸入の増加になり,貿易赤字の一因となりました.
(生糸がもっとも輸入額が多かったそうです.佐渡,石見の金銀で買っていたそうです)
新井白石は日本から流出した金銀を計算してみせたそうです(講談社現代新書 将軍と側用人の政治 大石慎三郎著から)
また農業全書(宮崎安貞著)にはサトウキビを為政者が政策的に取り上げよと書いてあるそうです(玉川選書 農業博物誌4 筑波常治著から).
そこで日本でもサトウキビを栽培するようになります.気象条件に恵まれた琉球,奄美地方だけでなく,徳島,香川などでも栽培されます.最初は精製度の低い黒砂糖を製造していましたが,和三盆といわれるものまで作るようになりました.
3.砂糖の普及(世界)
サトウキビは世界でもっとも古い作物の一つです.6〜7世紀頃にサトウキビのショ糖を結晶にする技術が生まれました.
産業革命のころから,コーヒー,紅茶の飲用の習慣が一般的となり,砂糖は不可欠となりました.決められた時間で労働する労働者が生まれ,それまではスープをゆっくり飲んでいたのに,そういう時間がなくなったからだそうです.
しかし,ナポレオンはイギリスと戦争をし,大陸封鎖といって,中南米からはいる砂糖を輸入禁止にしました.これを契機にヨーロッパの寒冷な気候に適した砂糖を生産できる作物としてテンサイによる砂糖作りが試みられるようになりました.こうしてヨーロッパでは砂糖を自給できるようになりました
4.近年の砂糖の生産と供給(表2)
1960年代頃からデンプンを酵素で分解して作る異性化糖の普及で砂糖の供給過剰となりました.ジュースなどには砂糖の代わりに異性化糖(ぶどう糖・果糖・液糖と表示される)が使われるようになります.
異性化糖は液状なので家庭には向きませんが,工場では固体より液体の方が機械的に計量したり,混合する上では便利です.わざわざ水に溶かす必要もないです.さらに低温では清涼感のある甘みがありますので,ジュース,冷菓向きです.缶コーヒーにはあまり使われませんが,それは異性化糖に含まれる果糖は高温になると甘味が劣るためです.日本ではホットの缶コーヒーの需要が大きいですから,砂糖の方がよいということになります.
異性化糖は砂糖の7割くらいの価格なので,異性化糖の登場は砂糖の需要を減らしました.そして,1980年代に砂糖の国際価格が暴落します.サトウキビ栽培に特化した国,地域,島はそのために大きな痛手を受けました(例えばフィリピンネグロス島).
C.サトウキビ
1.植物学的分類と来歴
サトウキビはいくつかの種からなります Saccharum barberi,S. officinarum,S. spontaneum
現在の栽培種はS. officinarumを基本種とし,耐病性などを導入するためにS. barberi,S. spontaneumを交雑させてできた改良種が多いです.
2.サトウキビの伝播
紀元前15000年前にニューギニア島で栽培された跡があるそうです.紀元前1000年頃にインド・ベンガル地方に伝わり,ここで作物として改良されたようです(二次起源地).日本には16世紀頃に沖縄に伝わり,17世紀に本格的な栽培が始まりました.
日本では南西諸島(沖縄県と鹿児島県の奄美地方)の重要な作物です.
沖縄県では農地面積の52%をサトウキビの栽培が占め,農家の約7割が栽培しています.
農業産出額では全体の18%程度(2002年)になります.
世界のサトウキビの主要生産国は下のようになります.日本はタイとオーストラリアから多くを輸入しています.
2.サトウキビの利用
根以外の植物体を有効に利用されます.
結晶化しやすい( ショ糖 )と結晶化しにくい( グルコース ),( フルクトース )を茎に貯蔵します.
ショ糖だけを分離したもの(分蜜糖)をふつう利用します.
( 糖蜜 ) ショ糖を分離した残りの糖分です.ラム酒,アルコールの原料などにします.
( フィルターケーキ ) 絞った液からフィルターでこしとった部分 発酵堆肥にします.
( バガス ) 絞りかすです.燃料,パルプ,家畜の飼料などにします.
黒砂糖はグルコースなど糖蜜をそのまま分離しないで煮詰めたものです.
3.サトウキビの特性
高い( 光合成速度を持つ ) ( C4 )植物です.サトウキビの光合成の研究からC4型の光合成が発見されました.
( 干ばつ ),( 台風 )など亜熱帯島嶼地帯に多い気象災害に強い特性があります.ふつうのイネ科植物は種子を収穫対象としますので,開花,受精のときに種々の環境ストレスに弱いのですが,サトウキビは茎に貯蔵されたショ糖を収穫対象としますので,受精しそこねて収量が激減するようなことが起こりません.さらに穂がほとんど不稔なので軽いですから倒伏しにくいです.
生育期間が( 長く ),大きくなるので,( 養分 )吸収量は大きいです.
繁殖は蔗苗(茎)を植え付ける栄養繁殖です.
栽培特性
( 高温 )と( 多量の水 )を要求する作物です.干ばつには強いですが,多収のためには降水量が十分ある必要があります.その一方で,光合成産物であるグルコースが収穫対象物のショ糖の原料ですから,太陽エネルギーも豊富に必要です.
萌芽適温 ( 27〜38 )℃
生育限界気温 年平均気温 ( 17)℃ だいたいリスボン,アテネ,テヘラン,ブエノスアイレス,ロサンゼルス,宮崎が年平均気温17℃です.
最適気温 年平均気温 ( 24〜25 )℃ だいたいリヤド,ニューデリー,バンコク,マイアミ,ホノルル,リオデジャネイロ,ダーウイン,ジャカルタ
那覇は年平均気温22.7℃,石垣島で24℃です.
降水量 年間( 1500〜2000 )mm
4.サトウキビの栽培
蔗苗(茎)を植え付ける新植栽培と刈り取った株から再生させる株出し栽培があります.
近年,側枝苗という技術が生まれ,注目されています.高い機械化適応性があり,コスト削減に役立ちますし,苗を作る畑に約10%程度の畑が必要ですが,側枝苗では苗作りの畑がその10分の1程度ですむ利点もあります.
5.サトウキビの収穫
製糖工場の操業期間(12〜3月)にあわせて収穫をします.
人力収穫が多く,重労働です.全労働時間の50%くらいを占めます.
近年は機械化が進み,沖縄県では過去20年間で労働時間が35%減少しました.
6.いかにして砂糖の収量を増やすか?
( 光合成産物であるグルコース )からショ糖が合成されます
ショ糖=グルコース+フルクトース
したがって,光合成量を高めるのが基本です.デンプン料作物と同じ考え方が適用できます.すなわち,
最適な( 葉面積指数 )を長期確保する必要があります.とくに沖縄,奄美地方はサトウキビ栽培としては高緯度に属しますから,一年を通じて気温も変化しますが,太陽エネルギーも夏至を中心に高くなります.したがって,( 日射量 )の多い5〜8月に高い葉面積指数を確保する必要があります.
さらにショ糖蓄積を促すために収穫期付近では( 窒素 )を切らします.生育が旺盛なサトウキビは肥料を十分に与える必要がありますが,早期に葉面積指数を確保し,生育後半には窒素を落とす必要から,施肥は栽培の前半に主に与えるのがよいことになります.
参考文献
工芸作物学 栗原浩編 農山漁村文化協会
工芸作物学 西川五郎著 農業図書
作物学事典 日本作物学会編 朝倉書店
さらに知りたい人は
日本の糖料作物,砂糖生産一般 農畜産業振興事業団 http://alic.lin.go.jp/sugar/index.html
サトウキビ 三井製糖のホームページ http://www.mitsui-sugar.co.jp/
テンサイ 日本甜菜製糖株式会社のホームページ http://www.nitten.co.jp/
テンサイの紙筒移植栽培 増田昭芳著 北農会
飼料ビートからショ糖を取り出すことに18世紀後半成功しました.このときはサトウキビに比べてはるかに糖分の少ないビートからの製糖は産業的には成り立ちがたい状況でした.この当時,ショ糖含有率は( 3 )%程度しかなかったのです.
しかし,ナポレオンがイギリスと戦争を始め,大陸封鎖を行います.中南米から入ってくる砂糖がとだえ,砂糖の価格が高騰します.この結果,テンサイから砂糖をとる産業が急成長し,育種も強力に進められた結果,糖度も高まり,現在,(20 )%を超すショ糖濃度を達成しています.
そのため,もっとも効果的に育種成果が上がった作物の一例としてあげられます.
B. vulgarisはいろいろな作物となっています.フダンソウ,飼料ビート,テーブルビート,テンサイです.
D.テンサイ
1.その来歴
テンサイとは地中海沿岸原産の Beta vulgaris L. var saccharifera Alefeld(アカザ科フダンソウ属)
3.テンサイの利用
テンサイのの主要生産国は下の表のようになります.
深根性ですので, ( 乾燥 )に強いです.そして,湿害には弱いです.
養分要求量( Na ,B ,K ,Ca )が大きいです.
2年生植物です.
1年かけて( 根 )に蓄積した( ショ糖 )を収穫対象とします. 2年目に開花しますが,栽培は1年だけです.採種用の栽培のときしか開花させません.
2.テンサイの特性
C3植物の中では( 高い )光合成速度を持っています
個葉の光合成速度 ( 22〜28 )μmol m-2 s-1ぐらいです.
ヨーロッパではアルコール燃料も検討されています
5.テンサイの栽培
2年生作物(2年目に開花するので,栽培上は1年目で収穫します)です.
北海道の基幹作物(輪作体系の中でも重要な役割)です.
輪作体型でも重要を果たします ( 根菜類 ):土壌を深耕します
( 茎葉 )は緑肥や飼料になります
絞りかすも( 飼料 )になります
このように北海道の畑作として重要であるだけでなく,畜産とも結合しています.
栽培暦 ( 3月下旬 ) ペーパーポットに播種します
( 4月下旬から5月上旬 ) 移植します
( 10月中旬から11月上旬 ) 収穫します
もともとテンサイは一つの種子(正確には種球といって,いくつかの種子の集まった集合果)からいくつか芽の出てくる多胚種子でした.このため間引きする必要がありましたが,単胚種子が育種され,間引きの手間がなくなりました.
4.テンサイの形態
収穫対象は肥大した胚軸と根です.
テンサイ特有のにおいのため精製した砂糖だけを利用します.サトウキビのような黒砂糖類はありません.
茎葉は飼料あるいは緑肥にします.絞りかすも飼料として利用します.
世界的にはテンサイは種子を直接,畑に播種するものですが,日本では独自の技術として,ペーパーポットを使った移植栽培が生まれました.
北海道では4月はじめまで畑に雪が残っていることがあります.ペーパーポットでビニールハウス内で育苗することによって雪解けを待たずに播種,育苗できます.下にリンクしたホームページではまだ畑に雪が残るなか,ビニールハウス内でテンサイをペーパーポットで育苗していることがわかります.
6.いかにして砂糖の収量を増やすか
光合成産物であるグルコースを原料として,ショ糖が作られますから,光合成量を増やすことが砂糖の収量を増やす基本的な考え方です.
土地面積当たりの光合成速度を最大にする最適な( 葉面積指数 )を長期間確保する必要があります.テンサイの最適葉面積指数は3.5くらいです.
特に( 日射量 )の多い( 5〜8月 )に高い葉面積指数を持つことが望ましいです.高緯度である北海道十勝地方は夏は日が長いこと,天気がよいことから,意外と太陽エネルギーが豊富なのです(下の図).
窒素過剰は根への糖分蓄積を阻害しますので禁物です.窒素を与えすぎると地上部の茎葉の生育がよくなりすぎます.サトウキビと同じで,葉で光合成するので,葉面積を確保するために生育前半には窒素を与える必要がありますが,後半は窒素が切れるようにします.
( ナトリウム )・( ホウ素 )・( 硝酸態窒素 )を好む作物です.例えばチリ硝石という窒素肥料は硝酸ナトリウムを主成分とし,ホウ素も含んでいるので,テンサイ栽培に使われます.
酸性土壌を嫌うので( 石灰 )の散布も必要です.同じアカザ科のほうれん草も酸性土壌を嫌います.
( 収穫付近 )では( 窒素 )を切らすことによって糖度を高めます.生育後半の窒素施肥は茎葉の繁茂と維持に光合成産物を使うなどのために,根へ移行するショ糖を減らします.
テンサイは根を収穫対象とする作物です.地上部である茎葉に対して地下部である根は,土壌中の無機養分と水分を吸収する役目を持つので,土壌中の養分や水分を抑えると地上部に対する根の割合が増加する傾向があります.これを利用して( 根 )を肥大させる技術として,適度に土壌を乾燥させる方法があります.
ところが北海道ではもっとも太陽エネルギーの高い時期である5月,6月に十分に葉を展開させるのは容易ではありません.雪が解けるのを待ち,それから耕耘,播種していたら播種は4月終わりから5月始めになってしまいます.
ですから早く( 葉 )を展開させるためにペーパーポットで移植した苗を雪解け前に育て,大きくなった苗を4月下旬から5月始めにかけて定植するという栽培方法が生まれました.
このようにして生育期間(光合成期間)を十分に確保することによって,安定した多収が可能になりました.早く植えることは上のグラフでもわかるように9月になると急速に太陽エネルギーが減少し,10月終わりには霜の危険もあることから,早く植えることによって生育期間を十分確保する重要さがわかります.
これに対して,ヨーロッパの気象を見てみますと,パリやベルリンどころかいかにも寒そうなウクライナのキエフでも帯広より春先ははるかに暖かいことがわかります.ヨーロッパでは太陽エネルギーが少ない春先に種をまいて,光の強くなる夏までゆっくり大きくするだけの余裕があるといえます.
温暖なカリフォルニア州やイタリア南部でもテンサイが栽培されますが,地中海性気候なので,収穫期には乾燥するために根への糖分蓄積が進みます.西日本でかつてテンサイ栽培が行われましたが,秋に播種して,翌年の初夏に収穫するものでした.梅雨に収穫期が当たるので十分な糖度をえるのが難しく,一時はかなり栽培が増えましたが,結局は消滅しました.
7.収穫と製糖
製糖工場は効率的に配置されています.
収穫は大型機械で行います.
最初にタッピング(茎葉を切り取る)してから,胚軸と根を収穫します.
製糖工場の操業期間は10月以降です.
収穫後,すみやかに工場へテンサイを搬入します.
時間とともに糖分含量が減りますので,工場の稼働能力と収穫量のかねあいが製糖工場の配置などを決めています.
表1 日本における砂糖および異性化糖の需給の推移(単位:千t)
国名 |
収穫面積(万ha) |
収量(t/ha) |
生産量(万t) |
1.ブラジル |
615 |
74.0 |
45529 |
2.インド |
420 |
66.9 |
28117 |
3.中国 |
122 |
82.5 |
10068 |
4. メキシコ |
67 |
75.7 |
5060 |
5.タイ |
94 |
50.9 |
4766 |
51.日本 |
2.3 |
54.3 |
125 |
表2 サトウキビの主要生産国(FAO統計より,2006年)
表3 テンサイの主要生産国(2006年,FAO統計から)
砂糖年度
|
テンサイ糖
|
サトウキビ糖
|
輸入砂糖
|
異性化糖
|
一人当たりの砂糖消費量(kg)
|
1975
|
224
|
213
|
2351
|
0
|
25.6
|
1980
|
535
|
223
|
1548
|
432
|
22.3
|
1985
|
574
|
285
|
1779
|
617
|
21.9
|
1990
|
644
|
212
|
1693
|
725
|
21.3
|
1995
|
650
|
183
|
1606
|
733
|
19.4
|
2000
|
569
|
153
|
1483
|
741
|
18.1
|
2005
|
699
|
132
|
1326
|
790
|
17.0
|
国名
|
収穫面積
(万ha)
|
収量
(t/ha)
|
生産量
(万t)
|
1.ロシア
|
94
|
32.5
|
3086
|
2.フランス
|
38
|
78.8
|
2988
|
3.アメリカ
|
54
|
53.1
|
2888
|
4.ウクライナ
|
79
|
28.5
|
2242
|
5.ドイツ
|
36
|
57.7
|
2065
|
16.日本
|
8
|
65.5
|
550
|