第15回 これからの工芸作物

 では植物のバイオマス生産能力はどのくらいでしょうか?(秋田の計算をもとに筆者が計算.ただし単位をcalからJに変更しました.秋田の計算の出典は炭水化物の動態,作物の生態生理より)
 光エネルギー(全短波放射)を21MJ/m2・日としたとき(島根県浜田市において8月下旬の晴天の日の日射量にほぼ相当します)
 理論的には純エネルギー固定量はC3植物で( 1.1 )MJ/ m2・日
                C4植物で( 1.5 )MJ/ m2・日と試算されています.
 日本人一人当たりのエネルギー消費はだいたい( 340 )MJ/日なので,C3植物の場合,だいたい( 310 )m2の土地から得られるエネルギーと同じになります.

 日本で利用可能なバイオマスは,原油換算量で廃棄物系( 2400 )×104kL,未利用系( 550 )×104kL,資源作物系( 550 )×104kL,合計(3500 )×104kLと見積もられています.(バイオマス,奥より)
(日本人の1年間でエネルギー消費量は原油換算量で約( 40000 )×104kL です)
B.工芸作物の現状と今後
1.島根県の場合(県内農業総生産の県民経済総生産に占める割合2.6% 平成16年度)
工芸作物の位置 502haの作付(平成15年度) 延べ作付面積の1.3%を占めます
        全国平均は延べ作付面積の4.2%を工芸作物が占めます(平成15年)

産出額に占める工芸作物の割合は( 1.4 )%です(平成15年)
葉たばこ 8.8億円(1.3%),ミツマタ 3500万円,チャ 3.1億円(0.4%),
オタネニンジン 6000万円(各作物の値は平成11年)

工芸作物の衰退 平成2年度1080haに比べると54%の減少,産出額も減少(図2)
        作付面積(水稲 28%の減少,果樹 24%の減少,野菜 19%の減少)
A.経営からみた工芸作物
1.( 土地 )利用型か( 労働 )利用型か(表1)
( 土地 )利用型 デンプン料作物(2005年)
      10a当たりの所得   サツマイモ 5.8万円,ジャガイモ 2.9万円
      10a当たりの労働時間 サツマイモ 58時間,ジャガイモ 8.6時間
世界的にみればデンプンはトウモロコシ,キャッサバ,サゴヤシから得られ,きわめて安価に手にはいります.

( 労働  )利用型 嗜好料作物
      10a当たりの所得   タバコ 26万円
チャ(鹿児島県,平成15年での事例) 23万円
      10a当たりの労働時間 タバコ 267時間
チャ(鹿児島県,平成15年での事例) 78時間

農家としてみた場合,規模の大きい農家が多いため,テンサイ,ジャガイモ農家の所得が多いです.
参考:日本人一人当たりの所得 297万円(2001年)

しかも世界でもっとも人口の多い国である中国の食糧生産も気になります.トウモロコシはまだ輸出国ですが,ダイズはもはや世界最大の輸入国になっています.トウモロコシも1995年のように不作になると輸入します.その影響はあまりにも巨大です.

 家畜の餌として生産能力の高いトウモロコシはいまや穀物のチャンピオンですらあります.しかし,トウモロコシはいろいろな点で問題が多いと思います.
  1)水不足の問題 家畜の飼料生産に使われる水もこれからは無視できないでしょう
  2)地球温暖化と二酸化炭素濃度上昇で,二酸化炭素の上昇に対し,トウモロコシはあまり生産が増えません
  3)バイオエタノールとしての利用との競合が起こっています.
  4)トウモロコシの栽培は土壌浸食を起こしやすく,また肥料をたくさん使う傾向にあります.

日本の国土の特性は,高温・多雨であり,十分な太陽エネルギーと水があり,温帯の中では高い純1次生産力を持ちます.
トウモロコシには向きませんが,イネの栽培に向いた環境です.さらに工芸作物で日本での栽培に向くものもあります(チャ・イグサ・ダイズなど).
日本では農作物すべての自給は不可能です.だから,何を作り,何を輸入するのかを世界的な視野で考える必要があるのではないかと考えます.
すべてを輸入するだけのお金があれば輸入すればよいという議論は,経済性だけをみれば反論はわたしにはできませんが,果たしてそれで地球環境が持ちこたえるのかはわたしにはまったくわかりません.そして,未来の選択をするのは授業を受けた人も含めた,若い人たちでなければなりません.

トップ アイコン
トップページヘもどる

参考文献
世界の穀物統計 伊藤正一 全国食糧振興会
作物栽培の基礎 栗原浩ら 農山漁村文化協会
植物生態生理学 Larcher シュプリンガー・フェアラーク東京
石油最後の1バレル ターツァキアン 英治出版
炭水化物の動態 秋田重誠 「作物の生態生理 文永堂」から
地球環境の化学 スピロ,スティリアニ 学会出版センター
統計資料
国連食糧農業機関FAO http://www.fao.org/
日本の農水省 http://www.maff.go.jp/
 世界の食糧統計 http://worldfood.apionet.or.jp/graph/index.html

仮想水という概念の説明(リンク)

仮想水という考え方を用い,日本は食料の輸入の形で外国(とくにアメリカとオーストラリア)の水を間接的に利用しているという指摘もあります.

世界各国の一人当たりの水消費量(家庭,工業,農業の用途別)(リンク)
2) 太陽エネルギーの豊富な半乾燥地での農業の拡大
 雨量は十分ではないが,半乾燥地は( 日射量・太陽エネルギー )が豊富なので,( 灌漑水 )さえあれば高い作物生産力が期待できます.

アメリカのセンターピボット
 アメリカ中西部では地下水を利用したセンターピボットによる灌漑農業が行われます.
 近年,灌漑水の不足で一部は耕作放棄されたともいわれます.これは穀物価格の低迷と設備使用コストから割があわないからやめたともいいますが・・・

サウジアラビアの地下水によるコムギ栽培
 石油で得た資金で地下水を深井戸で引き,コムギを栽培しています.このような地下水の利用は50年程度が限度と考えられています.

このように太陽エネルギーの豊富な乾燥地では水さえあればたくさんの農作物を収穫できます.しかも病気や害虫が少なく,一日の温度較差が多きいなどの環境条件は品質のよい作物を作ることができます.しかし,水も有限ではありません.石油のように使えば消えてなくなるわけではなく循環するものですが,それでも水不足は深刻になりつつあります.

農業と水消費
 石油枯渇の一方で,淡水も供給不足になってきています.

世界の水の消費量
 バイオマスエネルギー,風力,水力など再生可能なエネルギーはどのくらい利用できるのでしょうか?そのおおもとは太陽エネルギーがほとんどですから・・・(以下,地球環境の化学(スピロ,スティリアニ)からデータを引用

太陽から地球に入射するエネルギー     ( 54.4  )×1020kJ/年
地球の気候や生物圏に影響するエネルギー  ( 38.1  )×1020kJ/年
風力エネルギー              (  0.109 )×1020kJ/年
光合成に使われるエネルギー        ( 0.0838 )×1020kJ/年
純一次生産力に使われるエネルギー     ( 0.0372 )×1020kJ/年
人類が消費した全1次エネルギー(1990年) ( 0.00368 )×1020kJ/年
消費された化石燃料のエネルギー(1990年) ( 0.00297 )×1020kJ/年
潮汐と波力のエネルギー          ( 0.00126 )×1020kJ/年

一日当たりの太陽エネルギーは熱帯ほど多いです.
したがって,植物の純一次生産量も雨量の多い熱帯ほど多くなります.
4.工芸作物と環境問題
1) 石油資源枯渇あるいは二酸化炭素排出削減への対応
 バイオエタノール,バイオディーゼル燃料(菜種油など),植物を原料としたプラスチックなどが今,注目されています.
 石油生産は現在ピークに達したと見積もる研究者もいます.
 石油はとりわけガソリン自動車,ディーゼル自動車の燃料として大量に使用されています.アメリカ合衆国では石油の半分が自動車などによる輸送のために使われています.電気,暖房などでは石油以外の選択肢もありますが,自動車の燃料となると石炭も原子力も太陽も風力もほとんど今のところ実用的ではなく,ガソリンや軽油に代わる(あるいは混合してその消費を抑える)ことができるものとしてバイオエタノールやバイオディーゼル(燃料)が注目されています.
 1994年から2004年の10年間で収穫面積が増加した作物上位10
1.ダイズ 2865万ha,2.トウモロコシ 881万ha,3.アブラヤシ 457万ha
4.イネ 385万ha,5.ササゲ 334万ha,6.ワタ 308万ha,7.ラッカセイ 295万ha
8.ヒマワリ 291万ha,9.サトウキビ 278万ha,10.ナタネ 226万ha

なお日本の耕地面積は388万ha(2000年)です.
2) 工芸作物が世界の貿易に占める地位
 2004年FAO統計から(1位はワイン 198億ドル,2位小麦193億ドル)
4.ダイズ 156億ドル,7.紙巻きタバコ 131億ドル,8.チョコレート製品 118億ドル
9.トウモロコシ 118億ドル,11.大豆粕 112億ドル,12.パーム油 105億ドル
14.綿花 97億ドル,17.天然ゴム 75億ドル,20.コーヒー豆 71億ドル
21.葉たばこ 69億ドル,22.砂糖 65億ドル,25.お菓子の砂糖 59億ドル
26.大豆油 56億ドル,30.オリーブ油 49億ドル,31.粗糖 48億ドル
34.カカオ豆 42億ドルなど
3.世界でみた場合(国連食料農業機関FAOの統計から計算)
1) 油料作物の大幅な拡大
穀物の生産は,1990年から2000年で作付面積4.6%減少し,収穫高4.9%増加しているのに対し,

油糧作物は著しく増加しています(1990年から2000年で).
 ナタネ   作付面積52.4%増加,収穫高64.4%増加
 アブラヤシ 作付面積58.2%増加,収穫高91.6%増加
 ヒマワリ  作付面積27.4%増加,収穫高18.2%増加
 ダイズ   作付面積28.4%増加,収穫高49.4%増加
図 農業地域別にみた農業産出額の構成比(平成14年) 農水省統計から
ジャガイモ,サツマイモはいも類に含まれます.北海道はテンサイ,東海はチャ,九州はチャ,沖縄はサトウキビという有力な工芸作物があります.デンプン料作物であるジャガイモ,サツマイモは北海道と九州で栽培されます.
表1 生産農業所得(農水省統計から作成)
タバコやチャは10a当たりの所得が高いが,労働時間も長く,労働集約的な作物です.一方,ジャガイモやテンサイは北海道で栽培されることもあり,10a当たりの所得は多くはありませんが,労働時間が短く,土地利用型の作物です.サトウキビは10a当たりの所得はかなり高いですが,労働生産性は低いです.しかし,沖縄や奄美諸島ではそれに代わる作物がほとんど見あたらないので,サトウキビ栽培は重要な産業です.

表2 デンプン用サツマイモの生産費(平成17年,△はマイナスを意味する,農水省統計から作成)

区分

10a当たり

100kg当たり

実数(円)

対前年増減率(%)

実数(円)

対前年増減率(%)

物財費

36307

5.7

1101

3.7

労働費

73394

2.7

2222

4.9

費用合計

109701

0.1

3323

2.2

生産費(副産物価格差引)

109701

0.1

3323

2.2

支払利子・地代算入生産費

112667

0.4

3413

2.5

資本利子・地代全額算入生産費

122618

0.1

3715

2.0

収益

性等

収量

3301kg

2.2

 

 

粗収益

104299

2.3

 

 

表3 デンプン用ジャガイモの生産費(平成17年,△はマイナスを意味する,農水省統計から作成)

区分

10a当たり

1t当たり

実数(円)

対前年増減率(%)

実数(円)

対前年増減率(%)

物財費

45097

0.6

1033

3.1

労働費

13570

2.2

310

0.3

費用合計

58667

1.0

1343

2.4

生産費(副産物価格差引)

58667

1.0

1343

2.4

支払利子・地代算入生産費

61374

0.5

1405

2.9

資本利子・地代全額算入生産費

70773

0.9

1621

2.5

収益

性等

収量

4367kg

3.0

 

 

粗収益

77584

4.2

 

 

表4 テンサイの生産費(平成17年,△はマイナスを意味する,農水省統計から作成)

区分

10a当たり

1t当たり

実数(円)

対前年増減率(%)

実数(円)

対前年増減率(%)

物財費

59432

2.9

9664

13.5

労働費

23895

4.1

3886

5.8

費用合計

83327

0.8

13550

11.2

生産費(副産物価格差引)

83327

0.8

13550

11.2

支払利子・地代算入生産費

86532

1.1

14071

11.5

資本利子・地代全額算入生産費

95813

0.7

15580

11.1

収益

性等

収量

6150kg

9.3

 

 

粗収益

100509

14.1

 

 

以下の統計は次のホームページから得たデータを元に作成しました.

世界の食糧統計(リンク)

表5 サトウキビの生産費(平成17年,△はマイナスを意味する,農水省統計から作成)

区分

10a当たり

1t当たり

実数(円)

対前年増減率(%)

実数(円)

対前年増減率(%)

物財費

53445

5.4

8885

5.7

労働費

98617

1.1

16393

11.4

費用合計

152062

1.1

25278

9.5

生産費(副産物価格差引)

151824

1.0

25239

9.5

支払利子・地代算入生産費

157447

0.8

26173

9.7

資本利子・地代全額算入生産費

170561

0.7

28352

9.9

収益

性等

収量

6015kg

11.7

 

 

粗収益

124535

15.9

 

 

その代表例が中央アジアの自然改造計画の失敗です.中央アジアにはアラル海に注ぐ2つの大河であるシルダリア,アムダリアの水がありました.それを綿作などのための灌漑水として導入しました.一時は大成功をおさめたかにみえ,社会主義の勝利と喧伝された自然改造計画でしたが・・・

乾燥地での灌漑は貴重な水資源を消費するだけの問題ではありません.乾燥地はそもそも降水量よりも蒸発量が多いので,肥料や農薬など蒸発しない物質は土に蓄積していくおそれが強くあります.日本のように雨が多ければ,川や海に流れるのですが・・・(もちろん川や海を汚してはいけませんが,川や海の浄化能力以内ならばよいわけです)

しかし,アラル海に流入する淡水の量が激減し,水位が下がり,面積が減り,もともと汽水湖だったので塩分濃度が上昇し,湖を利用した漁業は壊滅し,近辺の畑には塩害が発生しました.

綿作には多量の化学肥料と農薬を使うので,化学肥料と農薬を含んだ塩が村に吹き付け,人体にも著しい影響が見られるそうです.

亜熱帯の乾燥地は太陽エネルギーが豊富ですから,水さえあればワタのように収益性の高い作物が多収できます.しかし,乾燥地農業の失敗は世界にいっぱいあります(最初の穀物農業である肥沃な三日月地帯もそうです).
カラハリ砂漠の近くにはオカヴァンゴという湿地があって.雨季には大量の水が流れ込みます.そのままその水は海に流れないでこの砂漠で蒸発するのですが・・・こういう湿地に入る水も利用すれば肥沃な農業ができるのかもしれません.その結果はとても想像できませんが.

D.おわり
日本:食料輸入大国です.そしてトウモロコシの消費は米よりもはるかに多いです.動物の飼料に消費するからです.
 米の消費量は日本人一人当たり( 64 )kg/年に対し,トウモロコシの消費量は( 127 )kg/年もあります.
飼料用(70%)だけでなく,コーンスターチや異性化糖の利用も多いです.
しかもこれは日本国内での消費の話です.日本は牛肉や豚肉を大量に輸入しています.その餌として使われるトウモロコシはここでは計算に入っていません.いったい日本人はどれだけのトウモロコシを結局は消費しているのでしょうか?
2.日本全体でみた場合(平成14年)
北海道 テンサイ(農業産出額のうち7.0%)と
    ジャガイモ(同じく6.5%)
静岡県 チャ(農業産出額のうち24.7%)
沖縄県 サトウキビ(農業産出額のうち18.3%)
全国  タバコ(農業産出額のうち1.3%:平成13年)
    チャ(同じく1.5%:平成13年)

全国の農業産出額に占める工芸作物の割合は平成14年で( 3.6 )%です.

表6 全国における主要農作物上位20,農水省統計から作成

 

平成13

 

品  目

産出額(億円)

シェア
(
)

 

合計

89,742

100

1

22,338

24.9

2

生乳

6,764

7.5

3

5,337

5.9

4

肉用牛

4,290

4.8

5

鶏卵

3,819

4.3

6

ブロイラー

2,444

2.7

7

トマト

1,904

2.1

8

いちご

1,800

2

9

みかん

1,515

1.7

10

きゅうり

1,461

1.6

11

ねぎ

1,339

1.5

12

りんご

1,314

1.5

13

ばれいしょ

1,264

1.4

14

鉢もの類

1,199

1.3

15

葉たばこ

1,148

1.3

16

ぶどう

1,060

1.2

17

ほうれんそう

1,053

1.2

18

だいこん

1,029

1.1

19

茶(生葉)

1,023

1.1

20

小麦

1,007

1.1