第13回 嗜好料作物 その3:タバコ

トップ アイコン
トップページヘもどる

A.タバコ
1.タバコの植物学的分類
ナス科タバコ属は約100種あります.次の2種が栽培されます(この2種は交雑できません).ともに複2倍体です.
Nicotiana tabacum L.  2つの野生種(N. sylvestrisとN. tomentosiformis)の自然交雑でできました
Nicotiana rustica L. 先にヨーロッパに伝播しました.現在はほとんど栽培されません(ロシア・インド・パキスタンで栽培が残っています)
2.ニコチン(アルカロイドの1種)
タバコに含まれるニコチンの作用は量によって変わります.
 少量で興奮させ,眠気覚ましになります.
 大量で鎮静させ,気を落ち着ける効果があります.
しかし,ニコチンにはかなり強い依存性があります.
 ニコチンが体内から消失すると,易刺激性・離脱症状・集中困難・いらいら・タバコへの渇望等の症状が起こります.
ニコチンの摂取量が増えると興奮→麻痺→痙攣→呼吸困難(致死量30〜60mg)と,量が増えるにしたがって,作用が変化します.
ニコチンは根で作られ,蒸散流とともに葉へ移動します.植物にとっては虫除けではないかと考えられているそうです.
3.タバコの過去・現在・未来
南北両新大陸において原住民が喫煙していたものをヨーロッパ人が世界に広めました.
日本には1600年前後に九州に伝来したと考えられています.
ヨーロッパではパイプ,葉巻,かぎタバコ,かみタバコなどでした.日本では髪の毛のように細く刻んだ葉をキセルで吸いました.
紙巻きタバコ(シガレット)の出現によって,タバコ栽培は大きく変化します.
1.品種の移行 シガレットに適した品種として,黄色種とバーレー種が広がりました.
2.フルーキュアリングの開発 シガレットに適した黄色種の葉の乾燥法として,熱風で人工的に乾燥する方法が生まれました.
さらにタバコの収穫法も全部を刈り取る方法から,1枚1枚成熟した葉を下から刈り取るようになりました.つまりより労働集約的な栽培が必要になりました.
現在のタバコ
きわめて労働集約的な作物です.日本の場合,タバコ栽培には10a当たり250時間くらい必要です.同じように労働集約的な嗜好料作物であるチャがおよそ110時間であり,日本の一番代表的な作物であるイネにおいてだいたい30時間ですから,いかにタバコの栽培に手間がかかるかがわかります.

嗜好料作物の中では温帯でも栽培できることから,世界中で栽培されています.世界でタバコ栽培に関わる労働者数は3000万人にも上るとみられています.(1990年)

しかし,近年,健康への懸念から先進国では排斥の傾向にあります(ただし若年層や女性は増加している国もあります)
一方,発展途上国では経済発展にともなう消費の増加がみられます.
タバコの害について(未来にはタバコは消えるだろうか?ニコチンだけの摂取もすでに可能だそうです
嗜好品は人体にあまり利益はないものですが,たばこは副流煙によって吸わない人も巻き添えにするので厳しく監視されるのです.
将来的には・・・ 数年前までは,未成年の喫煙者の増加傾向にあるといわれていました.最近は頭打ち傾向にあるともいわれます.
輸入農産物に占めるタバコの位置は大きいです.
 加工品を含めると農産物輸入額第3位(2002年)になります.
 1位 豚肉 4700億円
 2位 木材 3330億円
 3位 タバコ 3208億円(製品と葉たばこを含めての合計) 輸入先はほとんど米国です(88%).
 製品(ラッキーストライク,ラークなど)の金額も含めてとはいえ,木材に匹敵するお金を払って輸入しています.
4.タバコの生産と消費
タバコはほとんどの国で栽培されます.
タバコはアジアに大生産国が多いです(中国,インドなど)
タバコは集約的栽培をするので,栽培に携わる人が多いです.
日本は先進国トップクラスの消費国となっています.

表2 タバコの収穫高(2004FAO統計から)

地域

収穫高(千トン)

シェア(%)

北アメリカ

333

5.1

ヨーロッパ

478

7.3

アジア

4,224

64.5

アフリカ

320

4.9

南アメリカ

1,191

18.2

オセアニア

6

0.1

 

表3 世界のタバコの生産高(2004FAO統計から)

国名

栽培面積(万ha

生産量

(万t

1.中国

135

241

2.ブラジル

46

92

3.インド

44

60

4.アメリカ合衆国

17

40

5.トルコ

19

16

16.日本

2.2

5.3

日本では寒冷地に向くバーレー種は東北地方で,黄色種は雨の少ない瀬戸内地方や温暖な九州で栽培されています.

表5 日本の県別タバコの生産高(平成17年)

県名

数量(t

1.宮崎県

6351

13.6

2.熊本県

5088

10.9

3.鹿児島県

4223

9.0

4.岩手県

3895

8.3

5.青森県

3601

7.7

6.福島県

3151

6.7

7.長崎県

2669

5.7

8.大分県

2106

4.5

9.茨城県

1959

4.2

10.新潟県

1881

4.0

5.タバコの種類(表6)
紙巻きタバコはいくつかの種類の葉と香料(蜂蜜,バニラ,チョコレート,洋酒など)を配合して作ります

 ( 香味 )料 強い香りと味を有します
 ( 緩和 )料 香りと味をマイルドにします
 ( 補充 )料 量を増す ニコチンなどの量を適度に抑えます

( 黄色種 )
収穫後,フルーキュアリングによって鮮やかなオレンジあるいはレモン色の葉になり,甘味のある香りを有するようになります.紙巻きタバコの香味料あるいは緩和料となります.

( 在来種 )
もともとキセル用の細刻みタバコに使いました,現在は紙巻きタバコの緩和料・補充料です.収穫後は自然乾燥させます.

( バーレー種 )
葉緑素の少ない品種です.乾燥が容易で特有の香喫味(チョコレートのような香りだそうです)を有します.紙巻きタバコの香味料となります.収穫後は自然乾燥させます.

( オリエント種 )
地中海性気候の少雨・多照の地帯(ギリシャ・トルコ・ブルガリア)で栽培されます.収量は低いですが,芳香が高いそうです.高級品に混和して用います.

( 葉巻種 )
原料の葉タバコを収穫後強く発酵させるのが特徴です.日本では栽培されません.キューバやフィリピン産が高品質です.
4.タバコの品質
品種による成分の差があります.還元糖の多い( 黄色 )種とニコチン,有機酸の多い( バーレー )種が代表的な例です.しかし,成分の差は品種よりも乾燥法の違いに主に由来します.したがって,その品種に適した乾燥をしないと元も子もなくなるということです.

葉の成分と品質には大きな関係があります.
      ( 糖    ) 香喫味を緩和にします
      ( 有機酸 ) 燃焼を助けて喫味を軽快にします
      ( 樹脂   ) 特有の香りをつくります
      ( カリウム ) 燃焼を助けます
      ( 塩素   ) 燃焼性を低くし,喫味を低下するので,施肥としての塩素は与えません.
タバコの肥料では塩化カリは使わないで.硫酸カリを使います.

品質に関して,品種だけでなく,収穫時期や乾燥も重要です.

さらに葉序による違いがあり,上位の葉ほどニコチン,喫味ともに強くなります.中ほどの合中葉(あいちゅうは)がもっとも喫味の調和のとれている葉とされます.

表7 タバコの種類と葉の成分(%)の比較(Harlan 1955

成分

黄色種

バーレー種

オリエント種

全揮発性塩基

0.282

0.631

0.289

ニコチン

1.93

2.91

1.05

アンモニア

0.019

0.159

0.105

アスパラギン

0.025

0.111

0.058

α-アミノ態窒素

0.065

0.203

0.117

たんぱく態窒素

0.091

1.77

1.19

硝酸態窒素

1.70

全窒素

1.97

3.96

2.65

リンゴ酸

2.83

6.75

3.87

クエン酸

0.78

8.22

1.03

シュウ酸

0.81

3.04

3.16

樹脂

9.08

9.27

11.28

還元糖

22.09

0.21

12.39

灰分

10.81

24.53

14.78

注 表中の値は対乾物%である.太字は他の種類に比べ,差の大きい成分を示す.

葉の位置による成分の差もあり,同じ1枚の葉でも葉先の方が喫味に優れます.

葉の大きさは黄色種では長さ50cm以下のものがよいです.

大型の葉は喫味の悪い部分や中骨歩合(葉脈の割合)が増えるので品質が劣ります.
5. タバコの栽培
栽培適地
 過湿に弱いので,通気と排水の良い土壌がよいです.無機態窒素の少ない土壌,たとえば花崗岩風化土が適当です.タバコは葉の窒素を落とす必要があるので,土壌から吸収される窒素を容易にコントロールできる土壌がよいです.

栽培の手順は播種→仮植→移植→心止め→収穫→乾燥です.

非常に小さな種子(1g当たり約12000粒:千粒重が0.06〜0.08g)を播種します.
好光性種子なので,薄く覆土します.光に反応して発芽します.これだけ小さい種子だと土深くなると発芽しないようになっているわけです.
水まき法といって,じょうろに種子と水を入れて播種する方法が一般的だそうです.
育苗はだいたい55日程度です.
タバコは( 短日 )植物です.しかし,花や種子が収穫対象ではなく,葉が収穫対象なので,花芽の分化しないように育苗することが大切です.長日・高温であるのがよいです.
葉を収穫対象とするのであまりに早くに花ができるのは望ましくありません.育苗期間中でも日長に反応します.

気温のまだ低い時期に移植するので,マルチ栽培し,土壌を暖めてあげます.
黄色種では,低温期に植えて,葉をゆっくり育て,組織の緻密化をはかります.
タバコの養分吸収
窒素施肥の仕方は重要です.葉の展開に窒素は不可欠ですが,葉に窒素が多いと,タバコの品質を下げてしまいます.

基肥の窒素で十分な葉面積を得ながら,生育後半に窒素を切らせることになります.昔はナタネ粕を,現在はナタネ粕配合化成肥料をよく用いるそうです.
( 心止め )
 花を切除し,葉に( 炭水化物 )が蓄積するのを促進します.後述するように葉の炭水化物をどうするかが重要です.
 タバコの葉の成熟を促します.
 頂芽優勢が失われ,根でのニコチン合成が促進されます
 しかし,心止めによって,頂芽優勢が失われると,側芽が発生しやすくなります.そこで側芽の抑制するために,手で取るあるいは薬剤(マレイン酸ヒドラジドなど)で抑えます.

成熟にともなう成分の変化
 黄色種では( 炭水化物 )を蓄えさせます.
 黄色種,バーレー種とも( 窒素 )は落とします.
6.タバコの収穫と乾燥(キュアリング)
下の葉から収穫します.収穫適期は鳴折(めいせき)といって,葉を折るとポキッと良い音がするときです.
5から7日ごとに2枚程度ずつ成熟した葉を収穫します(葉の位置による成分の違いがあります).
乾燥によってタバコの葉の種類による特有の成分となります.
乾燥も農家(あるいは共同施設)が行い,品質を左右する重要な農産加工になります.
乾燥 黄色種は( フルーキュアリング  )(熱風乾燥)をします.
   バーレー種と在来種は( 自然乾燥  )させます.
 乾燥したものを日本たばこに納入(契約栽培)します. 
 日本たばこでは2年ほどさらに熟成させ,アミノ糖などを増やすそうです.

黄色種の場合,決められた乾燥手順(主に3段階)を守って乾燥させなければいけません.
            酵素の働きを生かし,( デンプン )を( 糖 )に変えていきます.
バーレー種の場合(図28) ゆっくり乾燥させるので,糖もデンプンも呼吸で消耗する
参考文献
工芸作物学 栗原浩編 農山漁村文化協会
工芸作物学 佐藤庚ら 文永堂
作物栽培の基礎 栗原浩ら 農山漁村文化協会

さらに知りたい人は
タバコ その健康への影響 厚生労働省のホームページ http://www.health-net.or.jp/
    歴史的考察 タバコの世界史 J.グッドマン 平凡社
    JTたばこと塩の博物館 http://www.jti.co.jp/Culture/museum/WelcomeJ.html
2種のタバコおよびその製品の写真があります(リンク(英語):なんとなくあやしげなサイトですが・・・)
アメリカ農務省へのリンク,タバコの写真とアメリカ合衆国で栽培されている州がわかります
ニコチンの説明(Wikipediaより)
たばこの歴史(たばこと塩の博物館ホームページから)
日本の細刻みたばこ(たばこと塩の博物館ホームページから)
タバコの元となった2種の野生種とタバコの説明(たばこと塩の博物館ホームページから)
福島県におけるたばこの歴史(旧福島県たばこ試験場のホームページから)
たばこの害をいろいろ説明しています(healthクリニックへのリンク)
タバコの種類の解説(農水省東北農政局のホームページから)
東北地方の葉たばこ生産状況(農水省東北農政局ホームページから)
バーレー種の写真(農水省東北農政局ホームページから)
タバコの製造工程(図29,カラー写真20)
バーレー種の乾燥(農水省東北農政局ホームページから)
葉たばこの統計 タバコ栽培は東北と九州でさかんです.九州の方が大規模経営であることが統計からわかります.
タバコの栽培とたばこの製造工程(たばこと塩の博物館ホームページから)
黄色種の写真(英語のホームページから)
タバコの種子(福島県のホームページから