参考文献
工芸作物学 栗原浩編 農山漁村文化協会
工芸作物学 佐藤庚ら 文永堂

さらに知りたい人は
紙全般 紙のおはなし 原啓志 日本規格協会
    新・紙の科学 門屋卓ほか 中外産業調査会
和紙 和紙の博物館 http://hm2.aitai.ne.jp/~row/index.html
   小原村 http://www.vill.obara.aichi.jp/washi/index.html
イグサ イグサ―栽培・加工・販売の実際― 中野善雄 農山漁村文化協会
    イグサ関連のホームページ http://www.lunar.to/~t-life/nouka/sannchi.html

第10回 紙と畳を作る作物

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紙の歴史
A.紙
1.紙の性質・作り方
植物繊維で,親水性の高分子である( セルロース )と( 水 )から作られます
( セルロース )分子の( 水素 )結合によって紙ができます(繊維質のものなら何でもくっつくわけではありません)

セルロースの分子構造は上のようにグルコースがいくつもつながります.OH基とH基が水素結合します

紙の構造:セルロース分子間に水素結合ができるまで
セルロース繊維を叩解(こうかい)します.叩解の程度で紙の質が決まります

叩解によって,紙を構成する繊維(セルロース)をたたいたりして,毛羽立たせて表面積を増やします.そのことによって,繊維同士が水素結合する部分が増え,この繊維から作られた紙が強くなります.
紙の講座から 叩解とは(リンク)
紙の強さと叩解
叩解の程度を強くすると繊維自体は弱くなりますが,繊維どうしの結合は強くなります.

したがって,できあがった紙は叩解の程度が強くなるほど,引っ張り強くなり,引き裂きには弱くなります.
このリンク先に叩解の程度(フリーネス)と紙の強度の関係のグラフ(図1)があります
紙の製造
煮ることによって繊維を取り出す→ちりを取る→叩解→漉き(抄紙)→乾燥・加工
紙漉の工程(阿波紙ファクトリーのホームページから)
近代的な製紙工場においても基本的な製紙の手順は同じです.
こちらのリンク先にも紙漉および和紙の機械漉きの紹介があります
製紙工程の説明(株式会社ミューズのホームページから)
2.紙利用の概略の歴史
紙以前の書写材料 けんぱく,木簡,パピルス,羊皮紙,シュロの葉

紙は中国で今から2100年ほど前に発明されました(数件,前漢の遺跡から出土)

書写用紙は蔡倫が西暦105年に後漢皇帝和帝に献上したのが始まりとされます

紙の普及 アラブ8世紀→西洋12世紀→北米17世紀→日本の洋紙19世紀

西洋ではワタ,亜麻の繊維を使って紙を作っていました ぼろ切れの再利用でした

1844年ドイツのケラーの発明によって針葉樹の利用が始まります ぼろ麻布・綿布の不足から 
3.日本における紙の独自の発達(和紙)
和紙を厳密に定義することはできませんが,だいたい以下の特徴を持つものを和紙といいます.
1) 流し漉きという技法を用います(紙漉の時にネリを加えます)
2) 材料には靭皮繊維(コウゾ,ミツマタなど)を用いることが多いです
3) 手漉きあるいは手漉きに近い技法を用います
紙の伝播 中国→朝鮮を経て 日本書紀では7世紀始めの聖徳太子の頃(写経用紙)に伝来したらしいです

流し漉きの確立(平安時代)
  日本独自の方法で,トロロアオイなどを原料とするネリという粘性物質を使用します
  繊維をゆっくりと揺すって,絡ませます(薄く,丈夫な紙ができます)

日本各地に個性ある和紙が作られるようになりました 備中檀紙,美濃和紙など

江戸時代 障子,襖,扇子,提灯,傘などさまざまなものが紙から作られました

明治時代 洋紙が入ります(大正時代には和紙の生産量を越すようになりました)
住宅の洋風化で消費も減少しました(障子,襖のない家も多くなりました)
和紙と洋紙の一般的な違い
紙講座から洋紙と和紙の違い(リンク)
和紙の発達
和紙の原料とできあがる製品の違い
和紙の原料に違いとできあがる製品の写真があります(リンク:和紙の博物館)
4.和紙の原料植物とその性質
 セルロースであれば,紙になりますが,植物によって繊維の質に違いがあります.

靭皮繊維は繊維が長いという特徴があります.
和紙の原料についての説明(リンク:和紙の博物館)l
和紙の原料の説明(全国手すき和紙連合会による)
繊維長と紙の性質
  ( コウゾ ) 繊維が長く,強靱・粗剛 障子,奉書紙,傘
  ( ミツマタ ) 繊維が短く,繊細で光沢を持つ,印刷適性高い 高額紙幣,証券紙
  ( ガンピ ) 繊維が短い,虫が付かない,栽培ができない 高級和紙,謄写版原紙
  ( 麻類 ) 繊維が長い,強靱 混ぜて使うことが多い
  そのほか いなわら,むぎわら,木材,竹など補助原料として混ぜることも多いです
現在では輸入原料も多くなり,コウゾ,ガンピ,マニラ麻などを東南アジアから輸入しています
B.コウゾ(楮)
1.植物学的特性と来歴
Broussonetia kazinoki Sieb. クワ科コウゾ属の木本植物
日本を含め,インド,中国,太平洋諸島に自生したものを栽培植物化しました
衣服の材料(楮布たへ)から紙の材料へ(紙素かみそがコウゾの語源といわれる)
2.栽培
栽培が容易であり,毎年収穫ができます
11月から3月にその年の春に株もとから出た1年生の枝を収穫します
リグニンが集積するため,2年以上たった枝は使いません 
温暖で日当たりのよいところを好みます
山間の南面した日当たりの良い傾斜地が適します
繁殖は根分けによるのがふつうです
かなり粗放に栽培されます(無肥料でもよい)
和紙の原料の説明(阿波紙ファクトリーによる)
3.収穫・加工
蒸し煮て,皮(靭皮)をはぎます.これが黒皮です.
黒皮をさらに水につけて精製したものが白皮です.
白皮を和紙作りに供します.
C.ミツマタ(三椏)
1. 植物学的特性と来歴
Edgeworthia chrysantha Lindl. ジンチョウゲ科ミツマタ属の木本植物です
ヒマラヤ地方原産とされる 中国を経て,日本に伝来したらしいです
室町時代ごろから製紙に利用されるようになりました
明治時代,紙幣の印刷に使われるようになってから需要が増大しました
2.栽培
落葉後に 3〜4年生の枝を択伐します
温暖で湿気の多いところを好みます
風当たりの強くない北向きあるいは東斜面の斜面によく栽培されます
陰樹であり,強い日照と高地温を嫌います.敷きわらをします
種子から苗を作り,移植します(種子は乾燥させると発芽力を失う難貯蔵性種子です)
遮光が必要です.山間地あるいは日陰樹を植えて栽培します.
管理の行き届いた多収の密植栽培とスギ,ヒノキなどと混植し,粗放な慣行栽培とがあります
ミツマタの生育相
3.収穫・加工
黒皮,白皮に加工→和紙に漉きます.局納ミツマタ(財務省印刷局へ)は白皮で出荷します
D.トロロアオイ
Abelmoschus manihot (L.) Med. アオイ科の一年生植物です.
和紙製造の補助原料であるネリを根から採取します.
E.畳とイグサ
1.その歴史
最初はいなわらやイグサをそのまま敷いていたようです.その後,イグサを編むようになります.
そうしてできた畳は,平安時代には板の間の上に置き,その上に座ったり,寝たりしました.
といってもそういう畳が使えるのはごく限られた人だけでした.

室町時代には書院造りという, 畳を敷き詰めた部屋が作られるようになります.
といってもこんな贅沢のできるのはやはり限られた人だけでした.

庶民が畳の家に住むのは江戸時代後半から明治時代になってからといわれます.
住宅事情と畳の消費には密接な関連があります.
バブル絶頂期にはたくさんの住宅建設があり,畳の需要も多かったのですが・・・
バブルがはじけて,消費が減り,さらに近年は安価な中国産イグサに押されています
2001年には畳表の輸入に関して,日本政府はセーフガードを発動しました.

和紙の原料も,畳の原料ももはや外国からの輸入がないと成り立たなくなってしまいました.
2.植物としてのイグサ
Juncus effusus L. var decipiens Buchen 単子葉植物イグサ科で,多年生草本で株分けして増やします
水生植物で,水田に栽培します.水生植物は根へ空気を送る通気組織が茎と根に発達します.
レンコンでも食用の部分は茎ですが,穴が開いています.あの穴は酸素を根まで送るためにあるものです.
イグサでは星状細胞が茎の髄に発達し,これがイグサの弾力性,通気性,保温性を生みます.
イグサの茎と根の構造(授業で学生が作った標本を撮影したものです)
3.イグサの栽培
水田でイネとの二毛作を行います.
施肥量が多いです.窒素を40〜50g/m2与えます.
イネは10g/m2前後ですから,相当多いです.

イグサの多収の用件は長イ(105cm以上の茎)をたくさん取ることです.

茎をたくさんするには分げつを増やす,すなわち窒素施肥をたくさん与えることになります.
分げつを長くのばすには以下に述べる先刈りという技術が重要です.
そして,長く伸びた茎が倒れると収量,品質の低下となるので,網掛けをします.
( 5月末 )を中心とする約10日間にいかに多くの分げつを発生させ,十分伸長させるかが多収のポイントです.
  分げつを多く発生させる ( 多肥,窒素肥料を多量に与える )
  茎を伸長させる     ( 先刈り )
 ( 先刈り )による若返り 5月上旬に地上約45cmで刈ります.茎を若返らせ,分げつの発生を促します
 ( 先刈り )によってイグサを若返らせ,5月末に発生する分げつ芽(伸長能力が高く,長イになる)に十分な光を当てる
網掛け 倒伏の防止のために網掛けをします
収穫したイグサの茎の品質は,茎長,色沢,茎の太さ,先枯れ,硬軟,弾力,香気,病虫害,着花等から判断します.病虫害や着花は望ましくありません.
実際のイグサの栽培
山陽新聞の記事から倉敷のイグサ栽培

松江から岡山に行く途中,特急やくもの車窓から見える緑の濃いたんぼ,それがイグサの植わっている田んぼです.最近はずいぶん減りました.

奈良県のイグサ栽培です.こちらは畳ではなく,灯心用のイグサ栽培です.イグサは別名,灯心草です.ろうそくの芯になる灯心はイグサの茎からとりました(奈良県生駒郡安堵町のホームページにリンク)
網掛けを考えついた牧野盛行さんのエピソードです(リンク)
日本最大のイグサ産地,熊本県い業生産販売振興協会のホームページから
4.イグサの加工
通常の栽培体系では7月中旬に収穫します
収穫の後,泥染めをします.泥染めには,乾燥の促進・均一化,変色防止,香気の付与などの効果があります
泥染めには淡路島産の染土がよく利用されます
泥液の中にイグサの束を浸し,粘土コロイドのゲル状被膜で茎の表面を包み,そのまま乾燥します

乾燥はむかしは天日乾燥でしたが,近年は熱風乾燥がほとんどです.
乾燥茎を出荷する場合と畳表にまで加工して出荷する場合があります
貯蔵は湿気と光を遮断すれば,2年くらいまで可能です

近年は畳の消費が減ったので,いろいろなイグサ製品が開発され,需要を増やそうと努力をされています.

イグサの栽培歴
F.シチトウイ
1.特徴
カヤツリグサ科の多年生植物です.地下茎による栄養繁殖をします.
大分県特産の畳表材料です.青表,琉球表あるいは豊後表といいます
イグサの畳表より耐久性があります
茎が三角形(カヤツリグサ科の特徴)なので半分に裂いて利用します
シチトウイの植え付け間近:大分県農業技術センターのホームページから
2.栽培
イグサと異なり,夏作物です.また,栽培期間は短い(5〜8月)です. 
高温・多照・適度の降雨を要求します
多肥(窒素30〜40g/m2)・密植します
食塩の追肥 茎の伸長をよくし,茎を太くし,収量と品質(柔軟性)を向上させます
収穫→長さをそろえる→茎分割→乾燥(天日がふつう)→貯蔵・加工
シチトウイの栽培:大分県農業技術センターのホームページからl