第12回 嗜好料作物 その2:飲料になる作物 チャ
A.チャ(茶)
1.植物学的特性と来歴
ツバキ科ツバキ属(Camellia)の木本植物です.
2つの亜種があり,ひとつは ( 中国 )種(小葉種)Camellia sinensis var. sinensis,もうひとつは
( アッサム )種(大葉種)Camellia sinensis var. assamicaです.
東南アジアを中心に多数のツバキ属の植物が存在しますが, ツバキ,サザンカなど多くの近縁種の葉にはカフェインもテアニンも含まれていません.
中国種の起源は中国南部(四川省・雲南省)といわれています.
アッサム種は19世紀前半インドのアッサム地方で自生するものをイギリス人が発見したものです.
表1 中国種とアッサム種の性状の違い(渕之上ら著の日本茶全書より引用,少し表現の変更はあります.)
種類
性状
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中国種
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アッサム種
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木の形
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灌木,樹高低く,地際より多くの枝幹が伸びる
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喬木,主幹は1本
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葉の大きさ
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小さい
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大きい
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葉先
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とがっていない
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細長くとがっている
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葉面
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濃緑色でなめらか
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淡緑色で葉脈と葉脈の間の部分が盛り上げっている
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耐寒性
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強い
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弱い
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用途
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緑茶向き
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紅茶向き
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2.チャの歴史
有史以前から中国西南部あるいはミャンマー山岳少数民族による利用がありましたが,薬用ではないかと考えられています.中国での利用は,紀元前から茶を飲む風習はあったらしいです.記録上確実なものとして,紀元前59年に茶を買う,茶を烹る(にる)の記録があるそうです.
唐代の陸羽が茶経を760年頃に執筆しました.後世の人が茶の神として陸羽をあがめます.このころは団茶という茶の葉をうすでつき固めたもので茶を入れたそうです.唐代には中国各地で茶が栽培されるようになりました.主に長江(揚子江)沿岸の温暖なところで栽培されました.このころ,中国から日本にも茶が伝来しました.
宋代になると,さらに発展して,いろいろな種類の茶が生まれます.日本の抹茶はこの時代の名残ともみられます.
明代になると,釜煎りの煎茶が発達史,さらにウーロン茶のような発酵茶なども誕生しました.現代に通じるお茶の飲み方はこの時代に形作られたようです.中国の陶磁器の様式はお茶の影響が大きいそうです(お茶の色との調和を考えて).
日本での茶の発展
奈良時代には伝来し,787年に茶樹を植えた記録,815年に茶を年貢とした記録があるそうです.しかし,このときは茶は普及しませんでした.
鎌倉時代にあり,禅宗の栄西・明恵によって,茶樹の栽植・普及が進められます.
室町時代から戦国時代にかけて,茶道が興隆します.安土桃山時代には茶の湯が流行します.このころは抹茶が主流でした.
江戸時代になると庶民にもお茶が普及します.蒸し製煎茶や玉露が誕生したのも江戸時代です.全国各地の藩でチャが栽培されるようになりました.弘前まで栽培があったそうです.藩の財政を考えてのことでしょうが,現在ではチャの栽培北限は新潟から福島県と考えられています.
紅茶の発展
ときどき誤解があるようですが,ウーロン茶と同じ中国起源です.
イギリスでは産業革命の進展とともに茶を飲む習慣が普及しました.そうすると中国から大量に輸入しないと行けません.そこで植民地のインドで栽培するようになります.
インドにおいて,アッサム種が発見され,それをインドで栽培することによって,紅茶栽培が拡大しました.中国産からインド・セイロン産の紅茶に19世紀後半に移行しました.
表3 世界の茶の生産高(2004年,FAO統計から)
国名
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栽培面積(万ha)
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収量
(t/ha)
|
生産量
(万t)
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1.中国
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94
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0.9
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86
|
2.インド
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50
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1.7
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85
|
3.スリランカ
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21
|
1.5
|
31
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4.ケニヤ
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14
|
2.1
|
30
|
5.トルコ
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10
|
2.0
|
20
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6.インドネシア
|
12
|
1.4
|
16
|
7.ベトナム
|
10
|
1.1
|
11
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8.日本
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05
|
2.1
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10
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表4 日本の荒茶の生産高(平成18年農水省統計)
県名
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数量(t)
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%
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1.静岡県
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40000
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44
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2.鹿児島県
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23300
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25
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3.三重県
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7230
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8
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4.宮崎県
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3110
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3
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5.京都府
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2900
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3
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6.奈良県
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2490
|
3
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日本において,開国当初の明治時代には茶は生糸と並ぶ重要な輸出品でした.しかし,二度の世界大戦を経てほとんど輸出はなくなってしまいました.そして,戦後の高度成長で紅茶の輸入が増え,1970年代にウーロン茶が登場しました.さまざまな飲み物が現れたので,日本の緑茶の消費は次第に減り,同様に日本のチャの栽培はしだいに減少していきました.しかし,近年,ペットボトルでのお茶の出現して,消費に歯止めがかかり,栽培面積の減少も止まりました.
3.茶の成分
( アミノ酸 ) ( テアニン )お茶の味を主に生み出すと考えられています.このテアニンは茶樹を被覆(遮光)すると著しく増えます.
( カフェイン ) 若い芽に多いです.あっさりした苦味を持っています.
( カテキン類(タンニン類) ) 一番茶より二番茶・三番茶に多く,持続する苦味です.被覆すると少なくなります.
4.茶の分類(図15)
発酵の有無による分類
( 不発酵 )茶 蒸気や熱で脱水するので酵素が失活し,発酵が起こらないものです.
( 半発酵 )茶 日光によりややしおらせてから,釜で炒って脱水します.脱水の前半には酵素活性が保持されているので発酵がおきます.
( (強)発酵 )茶 収穫された葉の脱水過程で加熱しないものです.酵素活性が保持されているので,発酵が強く起こります.
5.日本茶の製茶過程
手揉みによる製茶技術をもとに機械製茶が開発されました.
蒸熱の役割は 1.茶の葉の酵素活性を止めます
2.茶の葉の青ぐさみを消し,香りを引き出します.
3.葉を柔らかくし,揉みやすくします.
茶の葉を揉む:その理由
1.せんをきかせます 煎茶をいれたときによくでる(または何度もでる)ようにします.
2.葉と茎を同時に乾燥させます 葉の芯に水分が残らないように構造の違う部位を効率よく同時に乾燥させます.
3.アク抜きします.揉むことによって茎に含まれているうまみ成分が抽出されて渋み等の成分比率が下がるため,うまみを感じるようになります.
4.栽培(日本茶の場合)
栽培の適地
日本におけるチャ栽培ではチャが冬季の低温にあまり強くありませんので,冬季の気象条件が栽培適地を決定する大きな要素です.
年平均気温 ( 13 )℃以上,有効積算気温 ( 2000〜2100 )℃以上
4月から10月までの降水量 ( 1000 )mm以上
最寒月の平均気温 ( 2〜3 )℃以上
百葉箱内低極温 ( ー11〜ー12 )℃以上
積雪 日本海側 ( 1m )以下,太平洋側( 10〜15cm )以下
多収のところは香気が劣ると考えられています.一方,河川の近くで霧のたつようなところに高品質のものが多いといわれます.例:宇治(京都),川根(静岡)
土壌条件
1.( 酸性 )の土壌に強く,アルミニウムを特異的に吸収します.体内でアルミニウムを無毒化できる能力があるそうです.
2.透水性・通気性がよい上に保水性も備えていること.過湿も乾燥も嫌います.pFで1.5〜3.0がよいそうです.
3.土壌中に岩盤や不透水層がないことが望ましいです.
4.土壌の三相(液相・気相・固相)がおのおの3分の1ずつが望ましいです.
5.根域の硬度は山中式硬度計で20〜23mm以上にならないことが望ましいです.
チャの繁殖
かつては実生から繁殖させていましたが,自家不和合性があるので,遺伝的に雑ぱくで品質が安定しませんでした.( 挿し木 )繁殖による栄養繁殖が現在では一般的になりました
この挿し木繁殖の普及によって,やぶきたなどの品種が普及するようになりました.
チャの定植は挿し木した翌春あるいは翌々春の3月に掘り上げ,定植します.畝間は平坦地 1.8m,傾斜地 1.5mぐらい,株間は30〜45cmとします.
幼木期の仕立て方
幼木期に主幹の徒長を抑えて,分枝数を多くし,とくに側方に枝(側枝)の生育を促して,株張りをよくするとともに,できるだけ均斉な枝を摘採面上に数も過不足なく作り上げ,より早期に生産性の高い樹体形状とすることを目的とします..
チャは常緑樹なので,秋に一斉にすべての葉が落葉するということはありません.春に気温が10℃以上になると生育を始め,秋15℃以下になると生育が止まります.
収穫時期と品質
収穫が早いと品質は( 高い )ですが,収量は( 低くなります ).
( 出開き度 )で芽の熟度を判断します.おおむね出開き度( 50〜80 )%を収穫適期とします..
( 出開き )度
( 出開き )とは開葉すべき葉が全開し,芽の生育過程で一時的に生育が外面的には止まった状態を指します.
チャのすべての芽のうち,どれだけの割合が出開き芽であるかの割合を( 出開き度 )といい,チャの芽の成熟度の指標とします..
整枝(株ならし)とせん枝
整枝 各茶期の前に摘採面の凹凸をならし揃えて,次の茶期の摘採を行う際に,つみ取られた新芽の中に古い芽や枝などが入らないようにする浅い刈り払いです.
温暖地では( 秋 )整枝 萌芽がそろうなどの利点があります.
寒冷地では( 春 )整枝 寒害を受けにくい利点があります.
せん枝は株を仕立てるために枝を切る作業です.
茶の施肥
チャは窒素施肥量がふつうの畑作物に比べてかなり多いのが特徴です.うまみ成分のテアニンが窒素によく反応するから,さらに若い葉を収穫対象とすることも理由と考えられます.
茶の霜害
日本はチャの生育北限に当たるので霜害,寒凍害を受けやすいです.
霜害の防止のために水の凝固熱を利用したスプリンクラーや茶樹より数m上の暖かい空気とかくはんする防霜ファンが茶園にはよく設置されます.
スプリンクラーのまいた水が凍るときに凝固熱を発生させます.植物体は0℃よりやや低い温度で凍るために,水が凍っても植物の葉はまだ凍りません.つまりスプリンクラーの水は凍らせるためにまくわけです.(水が凍ってしまったけど大丈夫と心配する人がいるかもしれませんが・・・)
被覆茶
茶を被覆してやることによって,テアニン(窒素化合物)を増やし,渋みの成分であるカテキンが減り,特有の香味成分も生まれます.
被覆の効果として,収穫対象である新芽は以下のような特徴があります.
1) 葉質が柔らかく,2) 葉色は光沢のある濃緑色になり,3) 葉厚は薄くなります
4) 葉緑素が約2倍程度に増加します
5) うまみ成分のテアニンなどアミノ酸類は大幅に増加します
6) 粗繊維,苦渋味成分としてのカテキン類は減少します
7) 覆下園独特の香気成分ジメチルスルフィドが生じます
8) 水分が増加し,乾物が減少します
被覆茶の栽培
被覆茶の収穫は年1回だけです.
一番茶の新芽が2枚程度,開葉したときに遮光率70%程度の遮光を開始します.
10日ほど70%の遮光をし,新芽が4葉ほど開葉した頃,遮光率を95〜98%程度の真っ暗な状態にします
約10日後に新芽を摘採し始めます.収穫は手摘みとします.
遮光期間は20〜30日程度です
最近ではかぶせ茶といって,遮光の強さ(50〜70%),期間(2週間)と遮光の程度を軽くし,玉露とふつうのお茶の中間程度の品質のものを栽培することもあります.
5.収穫
暖かい地方ほど収穫回数が多いです. 温暖地で3〜4回 熱帯では15回以上のところもあります.
手摘み,手ばさみ摘み,機械摘みなどがありますが,どれを採用するかは,品質と労働生産性の兼ね合いということになります.
摘採適期も品質と収量の兼ね合いとなります.手摘みでは1心5葉伸びたとき1心3葉摘むなどの収穫方法があります.
葉の収穫後,速やかに加工しなければなりません.葉の酵素を失活させる必要があるからです.
参考文献
工芸作物学 栗原浩編 農山漁村文化協会
工芸作物学 佐藤庚ら 文永堂
作物栽培の基礎 栗原浩ら 農山漁村文化協会
さらに知りたい人は
茶の栽培 大石貞男 農山漁村文化協会
茶の科学 村松敬一郎編 朝倉書店
茶の世界史 松崎芳郎 八坂書房
日本茶全書 渕之上康元・渕之上弘子 農山漁村文化協会
お茶街道 http://www.ochakaido.com/
中国茶の世界 http;//www.tea-jp.com/tea/index.html