研究紹介

伊藤勝久(森林資源管理分野)

1. 山村経済学

1.1 概要

 山村には千年以上もの歴史をもつ古い集落が少なからず存在します。それらの集落は長い歴史の中で自然災害や飢饉や戦乱を乗り越えてごく最近まで存続してきました。しかしその多くの集落において,ここ30、40年間に過疎化と高齢化が急激に進行し、集落消滅の危機に瀕しています。なぜこのような急激な変化がおこったのでしょうか。
 過疎化は一般的には農工間格差による説明がなされていますが、必ずしも経済的条件ばかりではなく、社会的要因や心理的要因も関連しています。山村地域における従来からの農林業の低所得、劣悪な生活環境などの生活困難性によって、また周囲の人々の離村や都市への憧憬など心理的不安定感によって、高度経済成長期初頭から最初は生活困難に陥った土地をもたない労働者層、その後は農家の後継者も含む若齢層さらに中核層が離村することによって引き起こされました。その傾向は初期の転出超過の「社会減」段階から、徐々に山村に残った人々の高齢化による死亡数が出生数を上回る「自然減」段階に至り、現在でも減少傾向は続いています。
 しかしその一方で山村地域では住民や行政の創意工夫によって、独特の立地条件と豊かな自然資源を生かして、各地で地域振興の取り組みが盛んに行われています。それによって過疎化の中から新たな地域の生き方を発見し、活力を取り戻している地域も少なくありません。
 同時に近年山村地域に移り住むIターン者、戻ってくるUターン者が増加しつつあります。彼らは豊かで便利な都市生活から、明らかに所得が減少することも厭わず、山村地域に何らかの魅力を発見して、あるいはそれを発見するためにやって来たのです。彼らにとって山村で生活することに、減少する所得を購うに足る価値を見出しているといえます。
 また山村に移住することはなくても、山村地域を訪問し、山村住民とともに地域イベントに参加し、農林業活動や地域の環境保全に従事する都市住民も明らかに増加し、農的生活に価値を見出しています。
 山村地域は遅れた地域で近代的で華やかな都市の文明と比較したときに、やはり衰退していくところでしょうか。それとも地方や辺境地の中に深い伝統的文化、自然環境との調和的生活方法や親密な人間社会が存在し、それらをもとに混迷の21世紀の日本社会に光明としての一定の方向性を与えるものでしょうか。
 本講義では、山村問題の現状・背景・対策と今後の地域振興の在り方について考えていきます。

写真-1 山村地域の廃屋 写真-2 山村地域の新しい活動
写真-3 山村調査の様子 写真-4 過疎化の引き金の一つ三八(さんぱち)豪雪(昭和38年)

表-1 山村地域の人口

資料)「国勢調査」等

1.2 研究紹介

 山村経済学分野で現在主として取り組んでいる研究は、コミュニティーの活性化とソーシャル・キャピタルの関係です。コミュニティーとは地域共同体が本来の意味ですが、ここでは簡単に農山村集落(規模は地域によって大小様々で、中国地方では2、30戸から数十戸の農家の纏まりをイメージしてもらうと良いでしょう)を指します。集落では昔は水田作業や集落の山林管理あるいは生活全般に関わる仕事を緊密な共同で行い、結束を保ってきました。しかし1960年頃から機械化、兼業化さらに時代の変化などで徐々に結束が緩くなり、集落の活力も弱まっています。そんな中で少数ですが、現在でも緊密に結束し活力を維持発展している集落もあります。
 もう一つの鍵概念、ソーシャル・キャピタルとは、社会における人間関係に関わる概念で、「調整された諸活動を活発にすることによって社会の効率を改善できる、信頼、規範、社会的繋がり(ネットワーク)といった社会的組織の特徴」(パットナム, 1993)が代表的な定義です。山村地域の集落には長い歴史と土地柄によって育まれてきた地域の遺伝子ともいうべき特性があります。これがソーシャル・キャピタルであり、地域の人々の間で共有され、多かれ少なかれ人々の行動や価値観を特徴づけています。またソーシャル・キャピタルは時代とともに基本的特徴を維持しながら少しずつ変化するものでもあると考えられます。
 逆にみれば地域運営方法や地域活動への参加促進を通じて、ソーシャル・キャピタルに介入し、より良い状態へと操作できるものであると思われます。地域の活性化とは単に産業振興による所得増加だけでなく、社会全体を物的・精神的に活力ある状態へと変化させることです。このような観点から、地域活性化を社会的側面から最も深い所で規定する要因、つまりソーシャル・キャピタルの在り様を探り、そこに働きかける最適な方法を研究しています。


図-1 農山村社会に埋め込まれた潜在的構造の一つのモデル

2. 林政学

2.1 概要

  森林はもともと自然の作用によって成り立っていたものですが、そこに人間が関与することで自然が改変され人間にとって都合の良い森林に変わってきました。つまり森林利用が様々な形で進められ、林業が生まれてきます。  林政学では、森林をどう取り扱うべきか、林業をどのように進めていくべきか、また森林に関与し林業に携わる人々をどのように支援すべきか、森林状況や森林利用を望ましい形に導くためにはどのような考え方と実行的方法によるべきか、などの問題を検討していきます。
 「望ましい」といっても、時代状況や社会背景によって、望ましい形は通時的に一義的には決まりません。しかしまた、時代状況や社会背景によって望ましい形が頻繁に変わるようでは、長い目をもって森林を育てることができません。 森林を育てるのは農作物を育てるのと根本的に違うことを理解しておかねばなりません。
 森林を育てる際には、数十年後、数百年後の社会がどのように森林に向き合う形になっているのかを洞察する必要があります。過去において、とりわけ明治以前は、社会の変化速度は森林の成長速度(それは自然の変化速度そのものです)と大きな違いがありませんでした。昔と同じやり方で森林に向き合っていれば、将来、望ましい森林が形作られてきました。しかし現代では社会の変化速度は非常に早くなっていますが、森林が成長するのは自然の速度です。このギャップを如何に埋めて、将来の森林利用を想定しながら、現在、森林を作っていくか(それは森林に対する現在から将来の人間の適切な関与という点で「如何に林業をおこなっていくか」と同義です)が林政学の最大の課題です。
 また森林や林業は、ややもすると一部の専門家や関係する事業体が担うべきものと思われていますが、現在では森林ボランティアやNPOなど市民グループも深く関わっています。しかし森林機能や森林の取扱い方法については正確に理解しているとは限りません。そこで正統的に森林学を学んだ者(つまり君たち)が専門的知識と経験を彼らに翻訳しなければなりません。これも林政学の課題といえます。
 林政学の講義では、森林という特殊な対象への政策理念と方法を認識し、森林・林業の政策に関して各時代の社会経済背景のもとに、どのように展開されてきたかを押えていきます。そして近年の森林利用・林業の状況と環境問題という点から、林政のあり方を考えていきます。

写真-5 究極の人工林の一つ択伐林(今須林業) 写真-6 世界遺産の森(屋久島)
写真-7 人の生活とともにあった里山林 写真-8 日本人の森林に対する考え
写真-9 手入れ不足の人工林

2.2 研究紹介

 林政学分野では、『適正な森林管理のあり方』が私の研究テーマです。しかし、これは非常に幅広いテーマです。具体的には、次のような二側面から研究をしています。
 第一は、森林所有者、その協同組合である森林組合など昔から森林経営と森林利用に直接的に携わってきた者が概して弱体化しています。森林所有者は山林経営の意欲を喪失し、放置することが多くなり、森林組合も担い手不足から所有者に代わって行うべき森林経営や管理が十分にできているとは言えません。現在、森林所有者が所有している森林(それは小規模な面積であちこちに散らばって、また樹種や林齢もバラバラに所有していることが多いのですが)を小流域単位でまとめて効率的な作業を一定の期間まとまって行う事(団地化、長期施業委託)が進められており、その際には森林所有者の考えを整理し、実際に作業を行える事業体である森林組合が中心的役割を果たすことが求められています。その際に、森林所有者の様々な考え方の分析から団地化のための適切な合意形成方法とは、またどのような制度設計をすべきか、さらに団地化・長期施業委託を受ける森林組合などの事業体にどのような制度的支援が必要か、を各地の事例調査をもとに研究しています。


図-2 団地化のイメージ

 第二は、森林に対する関心が一般市民に広がり、様々に森林に関わろうとする人々が出て来たことと関係します。市民の森林への関わり方とは、従来の登山・ハイキング・山菜取りなど自然からのサービスを享受する受身的なものに加え、森林作業を楽しむ、吸収源対策のための森林管理を自らの労力で行う、あるいは森林管理に必要な費用を負担するといった積極的なものも増えてきました。そこで、市民の考える森林とはいかなるものなのか、それは従来から森林所有者が考えていた森林とどう異なるのか。このような森林認識、管理目的、管理手段の異同を確認することが、今後の広範な担い手による森林管理を考える際に不可欠です。
 森林の利用管理に関して、旧来の森林所有者(あるいは林業関係者)による経済的動機によってなされるべきという現実的な社会的認知と、広範な市民が水土保全や生態系サービスなどの維持発展のため公益的動機によってなされるべきという倫理的しかし理念的な社会的認知とが混在し一部で軋轢が発生しているのが現実です。そこでは森林所有者は長期的継続的管理が可能なのに経済的動機が見いだせず、市民グループは現代的な公益的動機により動きうる人々が増えているのに短期的・単発的にしか管理に携われないという問題があります。ここでも森林所有者と市民グループの動機と管理の特性による、望ましい森林を育てるための合意形成が必要になります。そこで二者の合意形成について、それぞれの森林認識と主体特性から最適な方法と契機について研究しています。

図-3 市民アンケートおよび森林所有者アンケートからみた森林意識の解釈

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