研究紹介

藤巻玲路(森林生態環境分野)

1. はじめに:森林をめぐる様々な物質の動き

 農業では栽培される植物を肥料を与えて育てるのが普通です。しかし森林に生育する樹木は、肥料など与えなくとも雨水だけで育っているように見えます。森林生態系には、人為的に肥料を与えなくとも、養分となる物質をうまくやりくりするシステムが備わっているようです。それはどのようなものなのでしょうか?

 また、酸性雨に代表されるように、空から降ってくる雨水には様々な物質(しばしば大気汚染物質も含まれる)が溶け込んでおり、汚いというイメージを持つかもしれません。しかし、森林を通り抜けて渓流に湧き出てきた水は、雨水よりも清浄であることが多いようです。森林を通り抜ける間に、水質(水に溶けている様々な物質の量)にはどのような変化がおきているのでしょうか?

  このようにみてゆくと、養分であったり雨水に溶けている物質であったり、森林の内外をめぐって様々な物質のやりとりがあることに気付きます。私は、森林でこれらの物質がどのように動いているのか、その仕組みを森林生態学や森林立地学の視点から研究しています。

図1. カラマツの人工造林地。施肥をしなくとも成長してゆく。 図2. 森林流域を流れる渓流水にはどのような特徴があるだろうか?

2. 森林生態学の概要

  戦後日本で森林生態学を創始された故・四手井綱英先生は、林学(とくに材木の育成技術)における「基礎学的研究は先ず生態学的研究でなければならない」と考え、当時日本で初めて大学で担当する講座の名称を『森林生態学』とされたそうです(「森の生態学」講談社 より)。生態学は、ある一種の生物の個体群を扱う個体群生態学、多種からなる群集を扱う群集生態学、生物群集に加えて土壌や水などの非生物的な基盤環境も含めた生態系を扱う生態系生態学、などに大別されます。冒頭で述べた、様々な物質のやりとりについての研究は、生態系生態学で扱われます。その他にも例えば、単一種からなる造林木の成長様式の研究は個体群生態学、多種の植物の種構成や分布を扱う植生の研究は群集生態学と関連づけることができます。

  森林生態系は、生産者(樹木)、消費者(植食者とその捕食者)、分解者(カビや細菌など)とそれらの生物が利用する無機的な資源系(土壌、大気、水など)から成り立ちます。樹木は光をエネルギー源として大気から二酸化炭素を取り込み、葉や幹など樹体となる有機物を作っています(純一次生産)。その一部は消費者に食べられますが、その量は少なく通常では純一次生産の数パーセント程度です。残りは土壌の分解系に供給され、土壌生物に利用されます。有機物に含まれている養分物質は、分解作用を受けた後、植物に再び吸収されて樹体に取り込まれます。森林生態系は、土壌への有機物供給が卓越しており、また植物と土壌との間の物質循環量が大きいことが特徴付けられます。さらに、この物質の動きには、物理や化学の法則だけではなく生物(樹木以外にも土壌に生息する様々な生物)の活動が大きく関係していることにも注意が必要です。 (その他の森林生態学に関するトピックは、川口先生・久保先生の研究紹介等を参照してください)

図3. 光を受けて有機物を生産する高木と林床植生。 図4. キノコを作る菌類も森林の中で重要な働きを持っている(写真はハナイグチ)。

3. 森林立地学の概要

  森林立地学とは、森林土壌を中心とした森林の環境と植生およびそれらの相互作用を対象とした学問分野です(「森のバランス」東海大学出版 より)。森林に対する国民の関心には、木材供給はもとより、安定した河川渓流水の提供や生物多様性の保全、酸性雨や温暖化の影響など、森林の多面的機能や将来にわたる健全性の維持に関する問題があげられてきています。森林立地学の研究は、環境と森林の相互作用に対する分析的な視点からこれらの問題に取り組もうとしています。

  森林生態学が、生物同士の相互作用や生物とその生息環境を総合した生態系を扱う包括的な基礎学問であるのに対し、森林立地学は、森林の成立基盤としての環境(とくに土壌)により着目している学問分野といえるでしょう。 (山下先生の研究紹介もご覧ください)

4.研究紹介

 私は、森林をめぐる様々な物質の流れやそれを駆動する生物の活動、さらには森林生態系全体としてどのような働きを持っているのか(生態系機能)、ということに興味を持っています。森林生態学や森林立地学、上記では紹介していませんが土壌生態学といった分野で扱われている知識を活用して研究をしています。

 現在興味を持っている主なテーマを以下に紹介します。

○ 森林流域における渓流水質形成の機能

  森林には、雨水を浄化して渓流水質を改善する機能があるといわれています。しかし、傾斜地で植生が未発達であったり土壌が未成熟な立地では、この機能は脆弱になると考えられています。森林の渓流水質形成の機構を明らかにし、有効な管理手法を検討することが課題です。

図5. 渓流水の性質は森林の状態に影響される。 図6. 渓流水を調査する。

○ 森林土壌における炭素・窒素の動態

 森林は二酸化炭素の吸収源と言われますが、土壌には樹木の葉や幹の数倍もの炭素が蓄積しています。土壌の炭素・窒素の動きを解明することは、森林生態系の機能を知る上でも重要です。

図7. 島根大学三瓶演習林の土壌断面。上部の黒っぽい部分に炭素が蓄積している。

○ 樹木細根の生産と枯死・分解

 樹木の細根は葉に匹敵するほどの生産量があり、森林生態系の物質循環にも大きく寄与しています。しかし目に見えない土の中での根っこの振る舞いについて、私たちの理解はまだ十分ではありません。植物がどのような根っこを作り、土の中での物質動態に寄与しているのかを明らかにしたいと考えています。

○ 大型土壌動物が調節する土壌物質循環の機能

 土の有機物を分解し、炭素や窒素のリサイクルを進めているのは微生物による働きです。ミミズやヤスデのような大型の土壌動物は土を耕耘し、微生物にとっての環境を改善することで土壌の物質循環機能を高めています。土の中の生物がどのように生態系を動かしているのか、興味を持っています。

図8. 森林土壌に生息するヤスデの一種の群れ。 図9. ヤスデの幼虫。土を食べ、フンとして土壌団粒を作り出す。

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